今季終了アニメ 雑感 その2

 2017-10-03
この改変期で放送が終了したアニメの雑感を前回書いた時に、まだ最終回が放送されていなかったが為にリストから漏れた作品に付いて、今回は書いてみたいと思います。

「メイドインアビス」です。

率直に言って、昨今の色々と厳しいアニメ制作環境の中にあって、これは、まるで奇跡のように色々なことが最高レベルでまとまった、名作でした。
第1話のオープニングからして、キャラデザイン、背景、作画、そして音楽と、全ての要素が綺麗に融和して美しい画像を作り出していたのですが、全13話、そのクオリティーを保って走り抜けてくるとは、さすがに思っていませんでした。
つまり、どうせどこかで息切れするだろう、レベルが落ちる回が来るだろう、と考えていたのです。
現在の、業界状況を思えば、それも無理のないことではないでしょうか。
しかし、「メイドインアビス」は、そうならなかった。
これに関しては、常々1クールものが増えすぎていてじっくりと展開を見せる作品が無いと不平不満を漏らしている私としても、この作品が1クールものであったからこそ、ここまで全力を投入して制作することができたのだろうな、これはこの形で正解だな、と思わされました。
原作もまだ終わっていない以上、オリジナルな展開をさせない限りは、物語が途中で終わらざるを得ないわけですけれど、そこで、変なことをせずに、終わらないなら終わらないで、どう切り取るのが最適かということを追及したのだろうなという構成も、良かったです。
特に、2話分を費やして描かれた最終第13話は、素晴らしい内容でした。

良いものを見させてもらいました。
日本のTVアニメーションも、まだまだ終わっていないなと、そんなことを感じさせてくれた作品の1つになったと思います。
これ、第2期もやらないかな……?


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「ドリーム」

 2017-10-01
10月から色々と忙しくなることが確定的なので、その前の最後のお楽しみということで、かなり突然に思い立って、この週末に公開が始まった映画 『ドリーム』 を観てきました。

アメリカがソビエト連邦と熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていた時代に、人類初の人工衛星であるスプートニク、そして初の有人宇宙飛行であるガガーリンのボストークといったソ連の成果に焦りを深める NASA において、合衆国初の有人宇宙飛行計画であるマーキュリー計画の成功に貢献した3人の黒人女性のことを描いた作品ですね。
実話をもとにしたものであり、上記の宇宙開発競争もキモではあるのですが、あくまでそれは物語の背景であって、テーマは第1に黒人差別との戦い、そしてそれと比べるとかなり色彩は薄目ですが、男女差別との戦い、という感じでしょうか。

地味といえば地味な作品であり、全体的に、かなり淡々と進む印象なのですが、2時間を超す上映時間を全く退屈せずに観ていられたのは、やはりストーリーの良さと、役者陣の演技の良さがあったからだと思います。
私が観たのは字幕版ですが、これ、吹き替え版があるかどうかは知りませんけれど、下手な吹き替えを観るくらいなら、字幕版でもともとの役者の声の演技、息遣いなどを感じながら観た方が、絶対的に楽しめる作品ではないでしょうか。
チケット代の価値は十分以上にある、良い映画でした。
主役3人が最高にいいですし、ケビン・コスナーの局長は格好良いし、これは、円盤も買いたくなってしまうなぁ……

なお、この映画の原題は 『Hidden Figures』。
これに対する邦題として、最初に配給会社が設定したのが 『ドリーム 私たちのアポロ計画』 というもので、これが問題視されてトラブルになったことを覚えています。
要するに、本作が題材としているのはあくまで有人宇宙飛行を目指したマーキュリー計画であって、月面着陸を目標としたアポロ計画とは関係が無いじゃないかと批判を浴びたわけですけれど、結局、配給会社相手ではラチが明かないということで、制作会社に直接訴えかけて今の 『ドリーム』 に改題されることになったのではなかったかと記憶しています。
それだって、現代には一切そんな単語は入っていないわけですが、まぁ、ここは、宇宙に欠ける 「夢」、差別に負けずに実力を発揮して評価されるという 「夢」、そして公民権運動の中心的存在である マーティン・ルーサー・キング・ジュニア の有名な演説の一節 「I have a dream」とをかけたものなのでしょうから、そう考えれば、これは、そんなに悪いタイトルでは無いかもしれません。




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「カミカゼの邦」

 2017-09-30
ライトノベルの分野で活動して20年、神野オキナが一般文芸で初めて発表した作品が、『カミカゼの邦』です。
彼がこれまでの作家生活で得たものを全て注ぎ込んで、作家活動を始める前から抱いていた様々な葛藤や怒りや戸惑いといったものを、血と謀略とバイオレンスと、そしてそれに添えられるエロスと背徳感とで彩って、エンターテインメントとして結実させた1作であり、(本人もコメントしているのですが)まさしく畢生の力作になります。

表紙の見返しにあるあらすじ紹介を、引用させていただいてみましょう。

「魚釣島に日章旗を立てた日本人を中国人民解放軍が拘束。それを機に海上自衛隊護衛艦と中国海軍が交戦状態に入った。在日アメリカ軍もこれに反応、沖縄を舞台に、ほぼ半年にわたって戦争状態が継続することとなった。米軍によって組織された民間の自警軍―琉球義勇軍に参加した沖縄生まれ沖縄育ちの渋谷賢雄は、自らの正体を率い、血で血を洗う激戦を生き抜く。そして、突然の終戦―。東京に居を移した賢雄の周辺を、不審な輩が跋扈し始める。暗躍する中国の非合法工作員<紙の虎>の正体と、その作戦実行部隊<紙の風>の目的は―?やがて賢雄のもとに、かつての個性的な部下たちが、再び集う。さらなる激しい戦いの火蓋が切られた―。」


これを見る限り、物語の前半が沖縄での戦闘、後半が東京での国際謀略アクションなのかなと思う人がいるかもしれませんが、実際のところは、沖縄パートは物語の序章のみ。
2段組で約440ページというボリュームの、60ページ程でしかありません。
むしろ、ここはその後の展開の為の仕込みに過ぎません。

本作は、実際、明日にも現実世界で起きてしまうかもしれない危機を描いていあるのですが、ここに見られる中国、アメリカ、韓国、日本、という国家間の対立と、神野オキナの生まれ育った沖縄の関係その他、本作の全てのページに渡って横溢しているルサンチマンは、義憤や公憤というよりは、冒頭にも書いたように、彼本人がずっと抱え続けていたものであり、この作品を、右寄りとか左寄りとか、思想的なことで判断しようとするのは、その意味でも、明らかに間違いでしょう。

本作は、あらゆる場面であっさりと、それも大量の死体が生み出されていきますし、作者の情念がドロドロと渦巻いてあちこちに牙をむき出していますエロスやバイオレンスに遠慮が無く、モラルは端から考慮されていません。
更に、登場人物が一部を除いてみんな壊れていて、正直、これを苦手だと感じる人は多かろうな、と思わないわけには行かない作品です。
その一方で、読書好きを名乗るのであれば、2017年はこれを読まなければ嘘だろうとも、思ったりしているのですけれど……。


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今季終了アニメ 雑感

 2017-09-29
9月も終わろうとしていますね。
ということは、つまり、番組の改編期になったということです。
試聴をしていたものがいくつか最終回を迎えましたので、例によって、その簡単な感想を掲載してみたいと思います。
なお、順番は、これもいつも通り、その最終回の視聴順です。

1) サクラダ・リセット

小説のアニメ化の難しさを、顕著に表した1作になったのではないでしょうか。
画的に派手なアクションがあるわけではなく、ロジカルな会話に緊迫感を持たせて物語を展開させていく本作のような小説の場合、視聴者にその面白さを上手く伝えることの難しさが露呈した、と言ってもいいかもしれません。
河野裕の作品は、実はきちんと読んでいるのは「階段島」シリーズだけなのですけれども、映像化は難しいタイプの作家なのではないかなというのが私の感じていることで、この『サクラダ・リセット』については、基本的なストーリーは面白そうに思えるのだけれど、放送を毎話欠かさずに観ていても、今一つよく分からない、という、何だか微妙な作品になってしまったな、というのが、結論です。
……惜しいなぁ。

2) Re:CREATORS

色々と詰めの甘さ、突っ込みどころのあるストーリーではありましたが、個人的には、結構好きな作品となりました。
エピローグで1話を使ってくれたのも、物語にいい余韻を持たせてくれましたし、登場キャラの今後について様々に想像(妄想?)する余地をもたらせてくれていた、いい最終回だったと思います。
「終わり良ければ全て良し」ではありませんけれども、ラストバトルに感じた違和感の部分も、このエピローグが全て払拭してくれたという印象です。
いい物語、いいアニメを観させてもらった、という感じでしょうか。

3) 異世界食堂

淡々と、最後まで淡々と終わった、徹頭徹尾淡々とした作品でした。
1つ1つのエピソードが短すぎて、断片的なストーリーというか、物語の「も」の字にもなっていない基本設定だけを色々と見せられたのではないか、という気もしないでもないのですが、それでも、何だか、何となく惹きつけられるものがあるアニメだったように思います。
当初、視聴を止めてしまおうかとも思ったくらいだったのに、結局、最終回まできっちりと観続けてしまったのは、そうさせるだけの魅力が本作にあったからに相違ないのですが、それを明確に「ここが素晴らしい」と説明するのは、何だか難しいかも。
とりあえず、原作、読んでみようかな……?

4) サクラクエスト

話の展開に多少の場当たり感があったのは残念ですが、まぁ、まずまずの出来だった、かな。
この部分はもうちょっとやりようがあったのではないか、とか、微妙な物足りなさの多い作品ではありましたけれども、2クール、それなりに楽しみつつ視聴させてもらいました。
キャラ造形が、それなりにツボにはまったのかなぁ。
例えば、会長なんかは、どちらかというと相当に嫌いなタイプなのですけれど、それでも、それを理由として試聴を切るまでには行かなかったし。
なお、ラストですけれど、由乃については、地元に帰るという形にした方が、物語の締めくくりとしては綺麗になったのではないか、と、個人的には思っています。
アレはアレで、お約束な終わり方ではありましたけれど……

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「怨讐星域Ⅲ 約束の地」

 2017-09-23
全3巻の作品の完結編となる、梶尾真治の『怨讐星域Ⅲ 約束の地』。

太陽フレアの異常膨張により焼き尽くされ、消滅してしまうことが分かった地球から、選ばれた一部の人間を乗せて脱出した世代間宇宙船ノアズ・アーク。
そのノアズ・アークと、ノアズ・アーク出航後に開発された星間転移技術を使って地球を脱出した、切り捨てられた人々。
5世代を重ねる程の年数を要して両者が、移住先である「約束の地」ニューエデンで再会するというのが、今回のストーリーのヤマ場です。

転移組が抱いている恒星間航行組への憎悪と恨みとで捻じれまくった感情が、ノアズ・アークからニューエデンに降下してくる人々を本当に惨殺してしまうのか。
それともそのような血まみれの再開は回避されるのか。
その結果がどうなるのかは、これから本作を読む人のお楽しみとして、ここでは触れないでおきますが、もしかしたら人によって、その内容に不満を抱かれるなんてこともあるかもしれません。
というのも、本作にはラストのカタルシス的なものがあまり無いから。
とはいえ、これは梶尾真治が物語の紡ぎ手として失敗したというようなことを意味しているのではなくて、要するに、作品の方向性がそもそもそういうところを向いていなかったということなのでしょう。

私がそう思うのは、シリーズ第1巻の後書きにおいて梶尾真治自身が、「年代記のようなものが書けないかな」と思って本作の連載(雑誌『SFマガジン』に不定期掲載)を始めた、と記しているから。
もちろんこれだけで断定するのは危険です。
それでも、SFで「年代記」、かつ、梶尾真治の発言ということからイメージされてきたのが、レイ・ブラッドベリの 『火星年代記』 だったんですよね。
で、ああいう作品に仕上げることができないかと模索をされたのであれば、おそらく、散りばめられた要素が最終巻で一気に集結されて一つの大きな物語を描き出す、というようなことは無いだろうなということは、そこから想像されていたという次第。

コアなSFファンだと技術的なところに突っ込みを入れたくなるかもしれませんが、本作が描こうとしているものが、そういうガチガチの技術的な設定を必要としていない、「様々なことが一変してしまった世界においても営まれる人の日常」というようなところにあるのだとすれば、それ等は些末なことだと言ってしまってもいいのかもしれません。
面白かったです。



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