祝、アニメ化!

 2017-08-07
7月28日付のエントリーで、今期に放送が始まったアニメ新番組の感想を書いた中で、『ハクメイとミコチ』もアニメ化すればいいのに、なんてことを書いていたわけですが……

私がそんなことを書いたからというわけでは、もちろんありませんが、そんな『ハクメイとミコチ』のアニメ化が発表されていました。
おお、良いですね!
TVアニメ化には、成功だと言えるパターンだけではなくて、明らかな失敗、原作のイメージも雰囲気もボロボロに損ねてしまっているとしか言えないようなものもあるわけで(しかも、それはそんなに珍しいことではない)、単純に諸手を上げて喜んでいていいかどうかは分かりません。
それでも、アニメにすればいいのに、と書いた矢先のニュースだったので、個人的には、そこに何だか運命みたいなものも感じずにはおれず、作品の出来に対する根拠ない期待感が、闇雲に盛り上がっているのが、現状です。

発表されているキービジュアルを見る限りだと、かなりいい雰囲気ですけれど、こういうのは、これだけじゃ何とも言えませんから。
作画、演出にかなりの力を入れないと、色々と台無しになってしまう作品だと思うので、関係者各位の奮起を、祈りたい・願いたいところですね。


TVアニメ「ハクメイとミコチ」公式サイト



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「はるか遠く、彼方の君へ」

 2017-08-05
デビュー作の 『いまはむかし 竹取異聞』 は結構良かったな、という記憶から、ならばこれも、いつかタイミングを見て読んでやろうと思って積読の中に入れていたのが、安澄加奈の 『はるか遠く、彼方の君へ』。

現代の高校生3人が源平合戦の時代にタイムスリップして源義経や静御前と行動を共にする、という粗筋は、言ってしまえば結構ありふれたものです。
そこに独創性や新鮮さを感じることは、正直、できません。

そうであるならば、どういう料理法、味付けをそこに施してくるかが作者の個性を出す為には重要になってくるところですよね。
で、ついついそんなことを思いながら読み始めたら、どうにもそれが気になって仕方が無いという状態になってしまって、本作を読んでいる間、終始、そこがどうなっているのかと、そればかり考えて読んでいたような気がします。
つまりは作者にとっては、あまり嬉しくない読者だということなのかもしれません。
私としても、最初に余計な雑念が入ったことで、物語にそこまで入り込むことができなかったという点で、ちょっと残念なことでした。

それにしても、前作を読んだ時にも思ったのですが、安澄加奈という人は、おそらく荻原規子の一連の作品のファンなのでしょう。
読んでいて、キャラクター設定や配置、物語の持って行き方とか、そういうところに、萩原作品の影響が読み取れるような感じがするんですよね。
それが悪いということでは別になくて、誰かの影響下にあるというのは、いつまでもそこから脱することができないでいると単なる亜流で終わってしまう恐れも出るとはいえ、基本的には、若い作家の在り方としては、普通に良くあることです。
完コピのようなことをやられてはさすがにアレですが、安澄加奈の場合、デビュー作も本作も、さすがにそこまでのことはありませんから、問題無し、と思います。

基本的に善人ばかりが出てくるようなところは、ちょっとアレではありますが、児童文学の延長上にある作品だと思えば、これはこれで、特にアレコレ言うようなことでもありません。
恋愛要素の入れ方も程良かったですし、文庫で540ページほどというボリュームながら、サクッと、すらっと読み切れたのも、いいですね。
軽めの歴史ファンタジーとして、まずまず面白く読ませてもらいました。



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蓄積された金属疲労

 2017-08-03
前の会社で寮に入った時に買ったものになりますから……
そこから計算すると、もうかれこれ20年近く使い続けていたことになりますでしょうか。
長らく愛用させてもらっていた、北欧製の金属製組立式ベッドの溶接部の一部が、先日、ついにポッキリと破断してしまいました。

私は決してそこまで体重が多い方ではありませんが、本のぎっしり詰まった思い段ボール箱をベッドの上に置いて整理したこともありますし、天井照明の作業の為の足台にしたこともありますから、それなりの負荷がこれまでにかかっていたのは否めません。
それで20年も経てば、それは壊れもするでしょう。

あくまで破断したのは「一部」にすぎないこと。
その箇所も致命的な損傷というわけではないこと・
これ等の2点を踏まえれば、そのまましばらくの間はそのベッドを使い続けるという選択肢も、全くあり得ないというほどではないのですが……
構造の一ヶ所が壊れたとなれば、他の箇所に想定以上の大きな負荷がかかることになるのは必至です。
いつ、もっと大きく壊れるか分からないベッドで寝るというのは、さすがに私としても怖いので、仕方がないから新しいものを購入することにしました。

壊れてしまった古いベッドは、さすが北欧製というか、ネットやホームセンター等で売っている普通のものよりも、その幅も、長さも、少しばかり大きいものでした。
その余裕の部分を結構便利に使ってもいたので、同じくらいのサイズの商品を探してみたものの、ざっと調べたところでは、同じようなサイズが見当たらなかったんですよね。
さらに執拗に探せばいいようなものではありますが、事故になる前に早めに買い替えてしまいたいということで、やむを得ずサイズについてはちょっと妥協して、色々と良さそうな日本製の組立ベッドを購入しました。

古い物の解体と撤去、新しい物の組立と設置の作業は、前後作業の諸々を含めても1時間かからなかったので、まずまず、順調に終わったと言っていいでしょう。
大きな物音も立てなかったから、隣室にも迷惑はかからなかっただろうし。

あとは、解体した古いベッドのパーツの処分の為に、市役所の担当課に連絡して粗大ごみの回収を手配しなければいけないのが、ちょっと面倒です、ね。

組立ベッド交換の工具

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この天気は、何だろう

 2017-08-01
何だか、今年の天気はアレですね。
梅雨入りから梅雨明け宣言までは、あまり雨が降らないで、梅雨明け宣言後にむしろ雨が降っているというのは、何だかなぁと思います。

水不足になるよりは、ずっとマシだと言ってしまえば、それまでですが。

でも、降る時にはひどい土砂降りだったりもするわけで、もうちょっと、均すというか、極端では無くて、平均的にしとしとと降るようなことにはならないものかな、という感じですよね。
天気のことは人にどうこうできるようなものではない、かもしれないけれど。

それでも私は、どうせ仕事か勉強しかしていないようなところがあるので、電車が大雨で止まったりしない限りは、どうにかなるようなとこるがあります。
むしろこの天気を嫌がっているのは、夏休みに入ったばかりの子供たち、でしょうか。

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「オウリィと呼ばれたころ ―終戦をはさんだ自伝物語―」

 2017-07-29
4月15日に紹介した 『コロボックルに出会うまで 自伝小説 サットルと「豆の木」』 で描かれたより前の時代を題材にした、佐藤さとる の 『オウリィと呼ばれたころ ―終戦をはさんだ自伝物語―』 を読了。

『コロボックルに~』も、今回紹介する『オウリィと~』も、どちらも作者の人生を綴った自伝作品になります。
が、前者は形式上、主人公の名前を変えるなどしてフィクションの体裁をとっているのに対し、後者はあくまで徹底して自伝、という形を守っているのが、それぞれの相違点でしょうか。

なにしろ基本、児童文学の文法が身に沁み付いている人なので、今回も文体などはそれに沿っている感じで、小説の形式にしたからといってあれこれと心理描写をしたり、細かい描写を加えたりをしていないということもあって、ちょっと、要約されたダイジェスト版を読んでいるような気になってしまうようなところがあるのも、両作品とも共通しています。
ただし、『コロボックル~』 に比べると、今回の 『オウリィと~』 はダイジェスト色が薄めに感じられるのは、フィクション性の有無と逆になっていますね。

これはつまり、ほぼ同じ語り口とペースであっても、フィクションであることにすると、その密度に物足りなさを覚えるというのが、私が「物語」に求めているものを透かしているようで、何となく面白いところです。
せっかくの自伝物語であり、ストーリーとして考えても、それなりのドラマチックさもあるのだから、そこをもうちょっとどうかすれば、と思ってしまうのは私が青春小説的なものを好きだからそう考えてしまうというのはあるでしょう。
北杜夫の 『どくとるマンボウ青春記』 とか、畑正憲の 『ムツゴロウの青春記』、高野秀行の『ワセダ三畳青春記』 辺りは、広く読み継がれるべき傑作だと思っていますし。

とはいえ、この『オウリィと~』については、これくらいドライに書いてあるからこそ「味」があるのだ、ということも言えるようにも思えます。
程よい肌触りになっている、と言い換えてもいいかもしれません。

いずれにせよ、若干タイプが異なるのというのはありつつも、この 『コロボックルと~』 と 『オウリィと~』 の2つの作品は、2つでセットなのだと考えて連続して読むべきですね。
できれば、私がやったのとは別の順番で。その方が、刊行順でもあり、内容の時系列にも沿うことになりますから。




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