MOON CHILD 「requiem for man of nomad」

 2016-12-20
私が MOON CHILD を知ったのは、おそらく自分も同じだという人が多いのではないかと思うのですけれども、ドラマの主題歌としてヒットした、彼等の5枚目のシングル、「ESCAPE」を聴いたのが最初でした。
最初がどこでだったのか、そこまではっきりとは覚えていませんが、確か、深夜にやっていたヒットチャート番組での、PV放送だった、はず。
で、そのちょと007的なスパイサウンドに、こいつは格好良いぞ、と思って早速シングルを購入した、というわけです。

その後、2nd アルバムも購入して気が付いたのは、実は彼等の音楽の本質的なところは、「ESCAPE」には無いということ。
むしろ同曲はどちらかというとイレギュラーなタイプの楽曲で、これが最初のヒットとなって、そのイメージが MOON CHILD というグループに付いて回ることになってしまったのは、実は結構な不幸だったのではないか、3枚のアルバムを残して解散することになってしまったのも、実はその辺の影響も無視できないのではないかと、今では思っています。
もちろん、本当のところがどうなのかは、分からないまま、私が勝手に感じていることでは、あるのですけれど。

そんな MOON CHILD の、では本来の音楽性はどうだったのかというと、動きの大きいメロディーラインとアップテンポなアレンジでポップな曲をやっていて、音楽的には、岡村靖幸 辺りの影響を感じさせるところもある、かな?
フロントマンでほとんどの楽曲の作詞・作曲を手掛けた 佐々木収 がクネクネ踊るところも、岡村靖幸っぽいと言えなくもないかも。
バンド名は、レーベルから旧バンド名(タンバリンズ)の変更を求められた際に、前述の 佐々木収 が MOONRIDERS を好きだったから、それにちなんで付けた、という話もありますね。
その辺も、同じく MOONRIDERS ファンの私としては、共感を覚えるところです。

そんな MOON CHILD の、おそらくは音楽的に一番コアな部分なのではないかと私が感じているところが、1つの楽曲として完璧にまとめられていると思うのが、今回紹介したい、「requiem for man of nomad」。
この曲については、多くを語りますまい。
とにかく、下の Youtube を観て、聴いて下さい。とにかく、無性に格好いいから。



 POP & DECADANCE
 (1999/1/27)
 MOON CHILD
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ついで、というわけでもありませんが、私が MOON CHILD を好きになるきっかけになった「ESCAPE」の動画も、貼っておきます。
バンドの(というか、佐々木収の)本質とは違うかもしれませんが、こちらも、名曲です。



 MY LITTLE RED BOOK
 (1997/11/27)
 MOON CHILD
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Youtube 動画の下には、ジャケットを見せたいという理由から、それぞれの楽曲が収録されたオリジナルアルバムへの Amazon リンクを貼っています。
が、実のところ、この2曲と、それ以外にもシングルでリリースされた「アネモネ」や「Hallelujah in the snow」、「Star Tours」という曲を聴いてみたいということであれば、とりあえずベスト盤を入手してみれば、それで主だった曲と、彼等がどんな音楽をやっていたのかは、確認できます。
できればオリジナルアルバムを聴いて、シングル以外の曲も味わってほしいところですが、ベスト盤で、というのも、それはそれで否定しません。
ただし、複数あるベスト盤の中でも、『Treasures of MOON CHILD~THE BEST OF MOON CHILD~』 は注意。
ここに収録されている「requiem for man of nomad」は別アレンジのもので、それはそれで悪いとまでは言えないのですが、やはり、上の動画のオリジナルアレンジの方が、格段に格好いいですから。
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将来的に復帰できるかどうか、後は、本人次第

 2016-12-01
一昨年の覚醒剤及びMDMAの使用事件で、懲役3年執行猶予4年の判決を受け、現在は執行猶予中という身でありながら、再び覚醒剤の使用疑惑で再逮捕されたASKA。
ことの真偽はまだ確定していないとはいえ、限りなく真っ黒なグレーである状況を踏まえて考えるに、ASKAの言動、ブログの内容などからは、ドラッグの再使用自体は、何ら不思議ではないと思えます。
さもありなん、というところです。

もちろん、薬物の使用というのは、それが違法か合法化という以前に人として論外な、最低最悪の行為です。
断じて許していいことでは無く、尿検査で陽性が出ているということは、検体の取り違えなどが無い限りは、ASKA の執行猶予取り消しと、再犯による量刑もプラスされての実刑は、ほぼ免れないところでしょう。
「罪を憎んで人を憎まず」という言葉はキレイゴトに過ぎず、罪も人も憎んで罰するべきことを適正に罰するのが道理です。
ASKA には、またしても覚醒剤をやってしまったのが事実であれば、正直にそれを認め、しっかりと服役して罪を償ってきてほしいと、強く思います。

ただし、仮に有罪が確定したとして、そうしていわゆる「お勤め」を果たして出所したあとは、それ以上、彼に対して罪を問うのは、法的には間違っていますよね。
社会復帰の道も断ってはなりませんから、(いずれにしても、数年後のことにはなるでしょうけれども)出所後、彼が音楽活動を再開したいというのであれば、それを覚醒剤の所持使用という過去があるという点でとやかくは、私は言いたくありません。
あとは、ファンがそれを支えたいと思うかどうか、というところにかかってくる話で、これは、道義的だったり倫理の問題だったり、要は、本人の反省と再起の姿勢が見られるかどうかとか、そういうところの問題。
もちろん、本人の音楽的才能の有無や程度も問われるところでしょうけれど。
つまり、岡村靖幸のように、ASKA が復活を果たせるかどうか、それは全て本人にかかってくるわけですが……彼の場合は、どうかな?

「I.D.」や「GIRL」というような良い曲も作れる彼だけに、個人的には、何とかして薬の誘惑を断ち切って、まともになって復帰してほしいと思っています。
こういう時に、容疑者の楽曲の Youtube を貼ることに批判的な意見もあるでしょうけれど、過去の実績、過去の名曲の良さまで否定するというのは、私はどうかと思うので、ここは敢えて、以下にこれ等の2曲の動画を貼ります。
これだけのものが作れる人なのになぁ。





それにしても、今回の一件の報道で思うのですけれど……
ASKAの自宅前に群がった挙句、シャッターの開いたガレージに殺到して ASKA の乗ったベンツのエンブレムを破壊したマスコミとか、帰宅する ASKA を乗せて走行していた際のドライブレコーダーの映像を TV局に提供したタクシードライバー(もしくはタクシー会社)とか、職業倫理欠如のオトナが多すぎるのは、どうにかならないものでしょうか。
そんなことを平然とやって恥じないのであれば、そのマスコミも、タクシー会社も、倫理の無さという点では、ASKA を責める資格など全く無いですし、むしろ、ASKA 二度目の逮捕、という局面においては、責められるべきは彼等の方ではないかという気もします。
一応、タクシー会社の方は謝罪の声明を発表はしましたが……
「推定無罪」とか「個人情報保護」とか「プライバシー」という言葉の意味を、彼らはもう一度しっかりと勉強しなおすべきですね。
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有頂天 「君はGANなのだ」他

 2016-11-11
私が有頂天のことを初めてソレと認識したのは、おそらく、兄が「君はGANなのだ」のLPをかけたのを聴いて、何だ、これは、凄いぞ、と思った時でしょう。
糸井重里の作詞で鈴木慶一が作曲したこの曲は、もともとレコード会社側の意向でお蔵入りしていたものを有頂天がカバーしたというような流れがあったらしく、そういう意味では純然たる「有頂天の曲」では無いのではないかという人もいるかもしれませんけれど、最初に市場に出したのはやはり有頂天なので、個人的には有頂天の曲、というイメージが強いです。
鈴木慶一の録音していたデモバージョンも、持っているんですけど、ね。

そんな「君はGANなのだ」の歌詞は、敢えてザックリと要約すれば、「癌の告知を受けた君にはもう何も怖いことは無いから、何でもできるよ」という内容。
当時(1998年にLPがリリースされているので、おそらくその直後くらいかと思われます)は、これを自虐的なギャグだと思っており、やがて身内に癌患者が出てからは、ちょっと不謹慎かなと思い、今では、これは逆説的に、癌患者のことを励ましている歌詞なのではないか、というようにも思ったりしてます。
本当のところがどうなのかは、それこそ糸井重里本人にでも訊ねなければ分からないでしょうけれど、こういうのは聴いた人がどう受け止めるかが大事であり、それが全てなので、私としてはそういう解釈で行かせていただきます。

有頂天というバンドは、ジャンルでいえばニュー・ウェイブとかテクノ・ポップというところ。
1980年代のインディーズブームの立役者の1つで、自分達で ナゴム・レコード というインディーズレーベルを作ってもいました。
中心メンバーでボーカルのケラは、今ではケラリーノ・サンドロヴィッチという名前で 劇団ナイロン100℃ を主催していたりしますから、そちらの方で知っている、という人も多いかもしれませんね。

この時期の、このジャンルの楽曲は、どうしても音の厚みが無いですし、敢えてチープにしているようなところさえあります。
なので、例えばこのエントリーを読んで下の Youtube動画 を観ていただいたとして、それで 「凄い格好良い!」 と思うということも、無いかもしれません。

でも、いいのです。
私は「格好良い」と思っているのですから。

全てのきっかけになった曲 「君はGANなのだ」 と、彼らの楽曲の中で私が一番好きな、「1990年のカラフルメリィ」 の動画、そしてそれぞれの収録されたアルバムの Amazonリンク を貼っておきます。
ちなみに、声を聴いてすぐにお分かりかも知れませんが、「1990年の~」 の冒頭に挿入されたナレーションは、熊倉一雄さんと岸田今日子さんによるもの。
ポワロとミス・マープルですね。
そういえば、お2人とも既に故人ですか……



 GAN
 (2014/5/21)
 有頂天
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 カラフルメリィが降った街
 (1997/11/19)
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DEAD OR ALIVE 「You Spin Me Round (Like A Record)」 他

 2016-10-27
DEAD OR ALIVE のピート・バーンズ(Pete Burns)が、23日に急性心不全で亡くなったと、マネージャー等が声明を出したというニュースを目にしました。
享年、57歳。
若いといえば若いのですが、彼の場合は、度重なる整形手術とか、不摂生をしていそうな外見とか、なるべくしてなった心不全なのかなという気がしないでもありません。
もちろん、だからといって亡くなったのは当然だ、というようなことは、考えていません。
好きなミュージシャンには、やはり長生きをしてもらいたいですし、できれば新作を発表したり、ライブをしたりしてもらいたいですから。

ともあれ、彼の死が苦しみの伴うものでは無かったらいいなと思いますし、その魂が今は安らかに眠れていることを願います。

私が DEAD OR ALIVE を知ったのは、「You Spin Me Round (Like A Record)」のPVを、MTV番組で観たのが最初でした。
こいつは、格好良い。
とにもかくにも直感的にそう感じたのを、覚えています。



私はいわゆるMTV世代、ジュリアナ世代よりは幾分か下になるのですが、兄や姉がいる関係で、リアルタイムでこの辺りのミュージシャンには触れることができていました。
当時は無論、小遣も少ないのでLP等を買うこともできませんでしたが、その後、大学生になってバイトをしたり、就職をして給料をもらうようになって、多少なりと資金に余裕ができてから、当時に聴いて気に入っていたミュージシャンについては、CDでアルバムを揃えたりをしたのです。
その中に、もちろん、DEAD OR ALIVE も入っていました。

個人的に、このハイパーなディスコビートは、今聴いても十分以上に格好良いと思っているのですが、いかがでしょうか……?
音は、確かに、今風では無いかもしれませんが。

今回貼ったPV等の Youtube を観てもらいたいのですが、ピート・バーンズ、何もそんな整形に整形を重ねるようなことなどしなくても、この、「You Spin Me Round (Like A Record)」の時の姿で十分、ワイルドさと危うさも感じさせる格好良さを持っていたと、私は思います。
この姿では、本人の美意識には合わなかったのかもしれませんけれど、無理な整形とか、そういうことをしないでもう少し健康的な生活をしていれば、もっと長生きができたのではないか、と考えれば、全くもって、残念なこと。

とはいえ、健康的なピート・バーンズというのも、なかなか想像しづらいものですが。

最後に、「You Spin ~」以外に私が好きな曲と、とりあえず DEAD OR ALIVE をこれから聴いてみようと考えるならば、このベスト盤をかっておけばいいのではないか、という、2010年発売の『That's The Way I Like It: The Best Of Dead Or Alive』 と、私が彼等のアルバムの中で一番好きな、『NUDE』へのリンクを貼っておきます。

なお、全国のディスコで一時期パワープレイされていた名曲「Turn Arpund And Count 2 Ten」は、敢えて貼らないことにしました。
それもまた好きな曲の1つではあるのですけれど、今回は彼等の数ある曲の中でも、特に私の思い入れの深いものを、という基準でセレクトしてみました。

ピート。
これからも、あなたの作りだした音楽を、私は聴き続けるでしょう。







 That's The Way
 I Like It
 The Best Of
 Dead Or Alive

 (2010/11/2)
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 NUDE
 (2009/7/22)
 Dead Or Alive
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パール兄弟 「TRON岬」 他

 2016-10-19
今年がデビュー30周年のメモリアルイヤーである、パール兄弟。
一時期の活動休止から、サエキけんぞう と 窪田晴男 の2名で活動を再開し、現在は、バカボン鈴木、松永俊弥のオリジナルメンバーと、サポートメンバー(後、正式にメンバーに)だった矢代恒彦を加えた5名で活動をしています。
6月28日に行われた30周年記念ライブは、KADOKAWAの運営しているクラウドファンディングサイト「ケツジツ」にて受注販売形態で発売された2枚組ライブ盤にもなりましたが、これが、実に素晴らしい内容でした。

そんなパール兄弟と私が出会ったのは、多分高校生の頃。
次姉が有人から借りたミニアルバム『色以下』を聴いたのが、おそらく最初だと思います。
しかし、その時には何だかピンと来なかったので、パール兄弟というグループがあるんだな、という認識はしたものの、そこから色々と集めてみようという気には、ならなかったんですよね。
しかしそれから数年後、サエキけんぞう が出演したいたとある番組で、当時は既に解散していたパール兄弟の「BLUE KINGDOM」を演奏するのを聴いて、これはいい曲だと感動。
そこから、一気に音源を揃えて、今では一通りを手元にしているくらいに、お気に入りのグループとなっています。

音楽ジャンル的にはニュー・ウェイブで、ギター窪田晴男の独特のコード進行やアレンジセンス、そしてバカボン鈴木と松永俊弥のリズム隊の奔放なプレイ、飄々と洒脱に歌われる サエキけんぞう のボーカルが織り成す絶妙なアンサンブル。
捻くれまくったサウンドなのに、聴こえてくるのはとんでもなくポップな音楽で、その匙加減、バランスがパール兄弟の魅力だと私は思っています。

今回は、そんな彼等の音楽性が確立された 2nd の『PEARLTRON』から窪田晴男とバカボン鈴木が脱退する前の『六本木島』までの4枚のフルアルバムから、それぞれ「これぞ」という1曲ずつを選んで動画を紹介します。

もちろん、パール兄弟はこれだけのグループではありません。
1stにも、そして窪田晴男とバカボン鈴木が抜けた後のアルバムにも、サエキけんぞう 1人になってから出されたアルバムにも、サエキけんぞう と 窪田晴男 の2人で再始動した際にリリースされたアルバムにも、それぞれ優れた曲、名曲が収録されています。
ですが、それを全てここで紹介していても仕方がありません。
そこでかなり絞りに絞って以下の4曲を選び出したのですけれども、とりあえず、これを聴けば、なる程、パール兄弟とはこういうバンドか、というのが、朧気にでも分かってもらえるかなぁ、と。

 PEARLTRON
 (紙ジャケット仕様)

 (2008/2/27)
 パール兄弟
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 BLUE KINGDOM
 (紙ジャケット仕様)

 (2008/2/27)
 パール兄弟
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 TOYVOX
 (紙ジャケット仕様)

 (2008/2/27)
 パール兄弟
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 六本木島
 (紙ジャケット仕様)

 (2008/2/27)
 パール兄弟
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