「十二人の死にたい子どもたち」

 2017-02-18
第156回直木賞のノミネート作品になった(そして受賞を逃した)、冲方丁の 『十二人の死にたい子どもたち』 が、今回の「本館」更新に先がけて紹介する読了本。
著者初めての現代長編ミステリーということで、そのタイトルを見れば分かる通り、レジナルド・ローズの『十二人の怒れる男』と、そのオマージュとして製作された三谷幸喜の『12人の優しい日本人』を踏まえて書かれたものであることは明白です。
そういえば、以前にどこかのインタビューで、彼が『十二人の怒れる男』のことを絶賛していたような記憶があります。

特にそれを意識しての事では無いものの、図らずも作家生活20周年記念作品となったということはご自身のブログに書かれていましたが、そこには、本作は発案してから書くまでに12年程かかり、更に雑誌『別冊文芸春秋』に1年ほど連載するという過程を経て、ようやく形になった、とも書かれていました。
彼にとっては、それだけ、大事にしてきた構想ということですね。
確か、本屋大賞を受賞後、映画化もされて、SFやラノベ、アニメ好き以外の一般の人にも彼の名前が知られるきっかけとなった2009年発表の『天地明察』(KADOKAWA 角川文庫 上下巻)も、彼がまだデビュー前の学生だった頃から、いつかは書きたいと思い描いていた題材でしたっけ。
言ってみれば一般小説へと進出するターニングポイントとなった作品といい、今回の、初めて現代モノに進出することとなった本作といい、冲方丁、そういう、自分の中で大事な作品については、かなり慎重に、長い期間をかけて構想を練る傾向が、あるのかもしれませんね。
その分だけ良いモノが読ませてもらえるのであれば、こちらとしては、ありがたいかぎりです。

で、『十二人の死にたい子どもたち』ですけれども、元になっている作品が作品ですから、閉鎖環境に集まった十二人の子どもたちが議論を繰り広げて行く物語になっているだろうなというのは、容易に想像ができていました。
舞台は法廷ではなくて廃業された病院、登場人物達は陪審員ではなくて集団安楽死を望んで集まった少年少女。
そういう違いはあれども、基本的なラインは変わらないだろう、と。

となれば、物語の流れも、おおよその見当はつけられるので、そこから逆算して、各キャラクターの言動を観察するように読み進めていた結果、ラストの展開とか某キャラの立ち位置とかも事前に割と予測できてしまった分だけ、新鮮な感覚で読めなかった部分があったのは、否めないところ。

もしも『十二人の怒れる男』や『12人の優しい日本人』の映画を観たことが無ければ、もの凄く新鮮な気持ちで読めたかもしれないと思えば、そこはやや残念かもしれないのですけれども、とはいえ映画は面白かったですし、この『十二人の死にたい子どもたち』も面白かったので、まあいいか。

 十二人の
 死にたい子どもたち

 (2016/10/15)
 冲方 丁
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「犬と魔法のファンタジー」

 2017-02-11

作者自身が曰く、「色物好きにおすすめ」であり、かつ「変化球的」ではない「直球な色物になってい」るという作品。
それが、今回の「本館」更新に先がけて紹介する読了本に選んだ、田中ロミオの『犬と魔法のファンタジー』です。

田中ロミオというのは、もともとクセモノであるとしか言えないような作品を書くタイプの人でしたが、これはまた、クセモノな作品を書いてきました。
「いかに夢も希望もないファンタジー作品にするか、ということに心を砕きました」と後書きに書いていますけれど、それでできあがったのが、この、就職氷河期の就活をファンタジー世界に落とし込んだ作品というわけですね。
確かに、夢も希望もありません。

どうせならば最後まで夢も希望も無いままに突っ走っても良かったようにも思いましたが……
そんな憂鬱な作品はさすがに誰も求めていないでしょうし、田中ロミオとしてもそこまでやるつもりは無かったのでしょう。

なお、作品タイトルの『犬と魔法のファンタジー』ですが、これは嘘だとまでは言えないものの、明らかに本作の実際の内容とかなりかけ離れています。
もちろん、それが狙いなのでしょうけれど。
私も大学卒業時の就職活動ではかなり苦労した口なので、(状況は色々と違うところもありますけれど)作中の主人公の苦労や苦悩は良く分かります。
人によってはこれを読むことで精神的にダメージを受けることもあるかもしれない、そんな意欲(?)作です。

……それにしても、よくこの企画を通して実際に発売したなぁ。
こういうのをしれっとラインナプに加えてくるとは、さすがガガガ文庫、普通じゃない。

 犬と魔法のファンタジー
 (ガガガ文庫)

 (2015/7/17)
 田中 ロミオ
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「魔術師のおい」

 2017-02-04
岩波書房から瀬田貞二さんの翻訳で出ていたナルニア国物語のシリーズが、光文社から新訳で出はじめたのは、昨年の9月のこと。

岩波版が出版順にナンバリングされるのに対し、こちらは作中の時間軸に沿った順番という違いがあります。
その為、例えば岩波版で1冊目になっていた『ライオンと魔女』は、こちらでは『ライオンと魔女と衣装だんす』として、シリーズ2冊目として刊行されています。

海外でも最近はこの並びでの刊行が主流だといいますが、個人的には、やはり小さい頃から自宅にあった岩波版の順番でないと、しっくりこないところがあるのというのは、正直なところ。
また、幼少時から瀬田訳に馴染みきっている身としては、新訳といわれて、まず不安を覚えてしまうのですが……
実際に、今回、「本館」に先がけた読了本紹介に採り上げることにした、第1回配本の『魔術師のおい』の実物を読んでみた限りでは、まずまずという感じ。

ちなみに、岩波版が今では絶版になったわけでもないのに、別の出版社から新訳版が出ることになったのは何故なのか。
これはどう考えても、C.S.ルイスの著作権が切れてフリーになったのでしょう。
そこで調べたところ、彼の没年は1093年11月22日。

日本において法律で保障される著作権は没後50年です。
ルイスが亡くなったのは第二次大戦が終わってサンフランシスコ講和条約が交わされた後ですから、約10年半(ルイスの母国イギリスの場合で3,794日)の戦時加算も無いから、単純計算で2013年末までですね。

やはり、今はもう著作権がフリーになっています。

各巻の並び順以上に翻訳者の違いというのは結構大きな要素ですが、とりあえず本作を読んだ時点では、そこまで違和感を覚えずに済んでいます。
私自身は、今までナルニア国物語シリーズを手元にしてはいませんでしたし、これなら光文社版で買い揃えるというのもありかも。

 魔術師のおい
 ナルニア国物語 1
 (古典新訳文庫)

 (2016/9/8)
 C・S・ルイス
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「深紅の碑文」

 2017-01-28
発売当日に買ったはいいものの、重い内容であることが容易に想像されてなかなか読まずにいる内に、気が付けば文庫落ちされたからも約1年が経過してしまったのが、今回、「本館」に先がけて紹介する読了本として選んだ、上田早夕里 の『深紅の碑文』上下巻。

地球全土に大氷河期をもたらすと予想される、地球内部の熱循環であるプルームテクトニクスが引き起こす壊滅的な環境変動 <大異変> が早ければ数十年後に現実のものとなることが確実となっている世界。
つまり、滅亡が確定している世界で、それでもわずかなりの希望の為に少しでも最善の道を辿ろうともがく人々を描く作品です。
世界と人類の終焉が来ることが確定しているのが大前提ですので、どうしても暗く重苦しい内容であり語り口になるのは、致し方のないことでしょう。

前作『華龍の宮』では、それでも、<大異変>後の世界に人がいかにして生き残るか、という部分にも多少は焦点が合っていたような印象があるのですが……
本作は、避けえないカタストロフィーに対し、その日をいかにして迎えるべきか、陸上民と海上民、そしてそれぞれの中でも様々に対立する人々の争いをどうやって終わらせるのか。
そういう、ネゴシエーション的なところがクローズアップされた物語になっています。

<大異変> が発生した結果として人類がどうなってしまうのかというのは、実は既に前作のエピローグで描かれています。
そう思えば、本作における主人公達の頑張りが、いざ世界を破滅的災害が襲った時に実を結ぶかどうかというのは分かってしまっているのですが……。

この物語のキモになるのは、奇跡的な解決策や技術革新ということではなく、99%以上の確率で負け戦になると分かっていて、それでもなお抗い続ける人の姿を描くことにある、わけですね。
そこに物語的な意味でのカタルシスは無いのですが、じわじわと心に迫ってくるもののある作品だと感じました。
完成度だったり読み終えた後の充実感だったりといった要素でいえば『華龍の宮』の方が上かもしれないのですが、しかし、これは想像以上にいい作品だったと思います。
実は、読み始める前には続編を書いたことが蛇足になりはしないかという心配もしていたのですが、それも幸い、杞憂に終わってくれましたし。

 深紅の碑文(下)
 (2016/2/24)
 上田 早夕里
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「アンダーグラウンド・マーケット」

 2017-01-21
以前に読んだ 『オービタル・クラウド』 と 『Gene Mapper -full build-』 が共にかなり面白かったので、これは著者である藤井太洋の他作品も読んで行かなければなるまいということを前から考えていたのですけれども、そろそろそれを実行に移そう読了した 『アンダーグラウンド・マーケット』 が、今週の「本館」更新に先がけた読了本紹介として選んだ1冊。

2020年の東京オリンピックを誘致する活動の中で日本政府がTPPの労働力流動化条項を呑んだことで、日本人と同等の扱いと成功を夢見た移民が流入し、移民人口が1,000万人を超えたという架空の2018年東京が舞台の作品です。
作中、安価な労働力として消費されることを嫌った少なからぬ移民が、持ち前のITスキルを活用して同じ境遇の移民相手のビジネスを起業したのですが、少ない利益の中から「公平な税制」の美辞麗句の元に一律15%に設定されるようになっている法人税や消費税、所得税を納めることが難しいと感じた彼等は、出身国への送金に用いていた仮想通貨を取引の決済手段としても使い始め、その経済活動を日本円を媒体とした「表の経済」からデジタルな「地下経済」へと移行させています。
そんな彼等が使っているのが、中華系やインド系の企業が日本円に連動させる形で提供した「N円」。
このN円はあっという間に移民の間に広まって、本作の物語の時点では移民間の費用の支払い、屋台等での飲食費、生活雑貨や食料品の購入代金なども全て、このN円が使われるようになっています。

主人公は企業に就職して表の経済の一員となることに失敗し、地下経済の中で生きる道を選んだ若きITエンジニア。
中小企業の商売を、仮想通貨であるN円を使った無税取引に改造する仕事を請け負って報酬を得ています。
そんな彼が相棒と共に請け負ったWebサイト改造の仕事で、決済システムを巡る問題が発生して……という展開から、物語はN円を巡っての大きなトラブルへと発展して行きます。

経済小説とか架空世界のSF小説というより、読後はむしろ、若者たちが自分達の才能と情熱を武器にして古い体制と対決して行く青春小説を読んだ、という感が強く残ります。

なお、本作の要となるN円の設定などを見ていると、ビットコインのことを連想せずにはおれませんでした。
2014年2月のマウントゴックス社の経営破綻をきっかけに名前を聞くことも少なくなってきていたビットコインですが、そのまま立ち消えになってしまったかと思いきや、ちょっと気になったのでネット等で調べてみたら、ここのところまた脚光を浴びつつあるようです。

今回の本題では無いので触れずに済ませますが、N円の発想のベースになったであろうビットコインと作中のN円との違い等を比べてみるのも、もしかしたら、ちょっと楽しいかもしれませんね。

 アンダーグラウンド・マーケット
 (朝日文庫)

 (2016/7/7)
 藤井 太洋
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