機動戦士ガンダム00 第10話
2007-12-08
ティエリアもまた、癒しがたい過去の傷を持っていたようですね。このタイミングでガンダムナドレの姿を晒してしまったことにより、ソレスタル・ビーイングが本来描いていたシナリオが大きく狂ったと自分を責めるティエリアの一人称が、「俺」→「僕」→「わたし」と変化していきました。
この事実の意味するところは何なのでしょう。
最初は、あるいは幼児退行でもしたかとも思ったのですが、それでは最後の「わたし」に対する説明がつきません。
ミスを冒した者は容赦なく非難し、敵に捕らわれた者は例え仲間であろうとも機密保持の為にガンダムごと世界から消し去ろうとする冷酷さ、冷静さを持つティエリアも、ひとたび自分がミスしてしまったときにはあっさりと精神的な弱さを露呈する。
ガンダムマイスターは4人とも選ばれた存在のはずなのに、王留美ではないですが、これでは苦言も呈したくなる。お寒い限りです。
唯一まともそうなロックオンも、家族の命を奪ったというテロがどのような傷をその精神に残しているのか、この調子では分かったものではないのかも?
1クールも残すところわずか。
放送回数も2桁に入ったことですし、そろそろ設定紹介、キャララクター紹介的な話は終わらせて、人間のドラマを語ることにシフトを移してほしいところです。
魅力的なドラマがあればこそ、毎週チャンネルを合わせる気にもなるものですから。
前回と今回で描かれた人革連の作戦と、それに対して来週アレルヤが起こすアクションが、ここまで不足してきたドラマ要素の起爆剤となり得るでしょうか。
実は段々と「物語」に飢えだしてきているので、ここらでそれを解消してくれよ、と思うのですが、だからといって、マリナと刹那の出会いの時のような安直で無茶な展開は勘弁です。
場合によっては「ガンダム00」という作品全体の評価を左右する重要な時期に差し掛かっているということ、スタッフはさすがに理解しているのでしょうけれど……。
ところで、沙慈とルイスそしてルイス母の会食シーンは、今回の中身からは全くの邪魔でしかなく、あれを挿入することの必要性が、私にはさっぱり理解できませんでした。
仮に沙慈が、今後非常に重要な役割を担う予定のキャラクターだったとしても、この第10話に彼を出さねばならない理由は、無かったのではないでしょうか。
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