「崖の上のポニョ」(今さらですが……)

 2010-02-06
TV放送された『崖の上のポニョ』を観ました。
公開当時に劇場まで足を運ぶ気がしなかった作品で、今までDVDなりブルーレイなりで観ることもしませんでしたから、今回が初見になります。

宮崎駿監督が手書きのアニメートにこだわった作品というだけあって、確かに動きはかなりのものだったと思います。
冒頭のヘドロと不法投棄で汚れた海と、ポニョの魔法により生命の爆発がおきた後の澄んだ海との対比などに、「原始から、海は生命の揺り篭なのだ」という主張も含め、環境汚染などへの問題提起も作品の要素の一つとして見られます。
幼い少年少女の出会いと触れ合いという、基本となる物語構造にも、特に文句をつけるようなことはありません。

が、うーん、どうしても私は最初から最後まで馴染めないままでした。

以下、ちょっとネタばれもしているので、文章を隠させていただきます。
かなり大々的に不満を述べているので、そういうのを読みたくない方は、このまま今回のエントリは記憶の彼方に捨て去ってください。

作品批判も構わないという方は、「続きを読む」をクリックしてください。
クレジットの表記方法などを見るまでもなく、本作が対象としているのはかなり低い年齢の子供たち、それこそ宗介やポニョと同年代の子供たちであろうと思われます。
それはそれで別にいいのですけれど、そういう年代をターゲットにしているからなのか、あるいは宮崎監督の頭の中で本作は、あまりストーリーを重視されていなかったのか、ともかく、物語の造りが、どうにも貧困に感じられてなりませんでした。
宗介、結局のところ、試練らしい試練は一切受けていませんよね?
ポニョが人間になれるのか、人魚姫のように泡となって消えずに済むのか、という、とても重要なことの顛末を決定づけるのが宗介のポニョへの気持ちであり、半漁人である彼女を受け入れられるかにかかっているのだというのであれば、そこにもうちょっとはっきりと、何らかの試練があってもいいだろう、と思うのです。

宮崎監督にすれば、「崖の上の自宅」から「ひまわりの家」まで自分達だけで行くのが試練だったのだ、と言いたいのかもしれません。
まぁ、確かに、5歳の子供にとってはある程度の冒険であることは、認めます。
ですが、あれ、宗介が本当に自分の力で行動している部分って、ほとんど無いですよね。
誰かの助けを得られるのかどうかというのも、要はその人の人徳にかかっているのであり、宗介が皆に好かれているのは本人の資質なのだから別に問題は無い、という解釈もできますけれど、私はそれはどうも納得できません。
そういう、試練の欠如ということが気になっていたので、最後になって宗介が、ポニョが半漁人でも構わない、と言うシーンも、きちんと考えての発言ではなくて、ただ今までの経緯から、深く考えずに答えているように見えてなりませんでした。
5歳の子供だからね、と言ってしまえばそれまでのこと。
でも、もしもそれが本当の意味でのリアリティだったとしても、物語の在り方としてそれで正しいとは、私は思いません。

何故ならば、これでは本作を観た者の心に残るものが、「ポニョ、可愛かったなぁ」的な表面的な感想以外には何もないから。

それはそれで作品として成功しているという意見もありましょう。
でも、TVスペシャルなどであればともかく、劇場公開作品で、観客から受け取る代金に見合うだけの「映画」を観せられていないってのは、私としては、ちょっと。
個々人の「映画」というものの考え方にもよる話なので、一概に断じることはできないことではあるのですけれど、でもなぁ。
画の動きは、ジブリらしい感じで、良くできているだけに……。

ぐずる子供を2時間ほどモニターに熱中した状態で大人しくさせておくには大いに役立ちそうな作品。
とどのつまり、私にとっての「ポニョ」は、そういう評価になってしまうのかもしれません。

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