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「白銀の墟 玄の月」

 2020-08-10
ここ最近1作ずつ再読を進めてきていた小野不由美の「十二国記」シリーズは、いよいよ昨年末に発売された現時点での最新作にしてシリーズで最も分厚いボリュームを誇る『白銀の墟 玄の月』全4巻を読了。

戴国に麒麟が還る。王は何処へ──。乍驍宗が登極から半年で消息を絶ち、泰麒も姿を消した。王不在から六年の歳月、人々は極寒と貧しさを凌ぎ生きた。案じる将軍李斎が慶国景王、雁国延王の助力を得て、泰麒を連れ戻すことが叶う。今、故国に戻った麒麟は無垢に願う、「王は、御無事」と。──白雉は落ちていない。一縷の望みを携え、無窮の旅が始まる!


というのが本作第1巻の粗筋なのですが、ここだけを読み、これまでのシリーズの語り口を踏まえると、つまり本作では李斎と泰麒が2人で王である驍宗を探し、各地に散って潜伏している味方を統合して戴国を正当なる王のもとに取り戻す、そういう流れになるのだろうなと想像するのが、通常のことでしょう。
つまり、ある種の「痛快国盗り物語」か「貴種流離譚」が展開されるというわけです。

しかし、実際の『白銀の墟 玄の月』はそんな予想をあっさりと裏切って、ひたすら重苦しく、暗く、シビアで救いの無い展開へと突き進んでいきます。
そこには戴国の民達が味わっている過酷極まりない現状、悲嘆、苦痛、諦念、猜疑、そして死というものが、これでもかというくらいに描写されていきます。
このシリーズが当初刊行されていたティーンズ文庫の講談社X文庫ホワイトハートというレーベルでは、こういう物語は描けなかったでしょうし、本作に直接つながる『黄昏の岸 曉の天』を2001年に発表してからこれを書きあげるまでに18年の期間を要したというのも、納得ができる内容です。

十二国記というシリーズは、『丕緒の鳥』と『華胥の幽夢』に収録された短編を除けば、そもそもの始まりにして(一応)外伝的な位置付けである『魔性の子』も含めて基本的に、いずれかの国の「王」もしくは「麒麟」の物語だったわけです。
一方、この『白銀の墟 玄の月』は、確かに泰麒の物語という側面もあるにせよ、実質的には「民」の側から十二国記世界における「王」と「麒麟」の存在意義、意味、価値、そして「王」と「麒麟」の存在に依存しているこの世界の在り様についてを執拗に描写するものとなっています。

「王」とは何か、「天意」とは何か、良い国になるかも荒れ果てた国になるのかも「王」次第という、ある意味では「他力本願」であり、ある意味では「為す術もなく支配者の精神状況などに翻弄されるしかない」十二国記世界、それによって政治経済が動乱に陥るのみならず文字通り国土そのものが荒廃しもするという世界のシステムの矛盾。
一部の短編を除いた過去の作品では、王が不在となって荒れた国が、新たな王の誕生により希望を取り戻すというような側面が主に描かれていましたが、明らかに本作はアプローチが異なります。
そしてこれが『魔性の子』から続いてきた泰麒の物語を締めくくるものであり、そしておそらくは「十二国記」シリーズ本編として最後の作品(少なくとも、もう1冊短編集が刊行される予定であることは発表されていますが)となるであろうこと等を考えても、ここにこそ、小野不由美が言いたいこと、作品テーマの全てが凝縮されていると思っていいのかもしれません。
シリーズを開始した1991年から28年も経っているので、当初想定していたものとは主張内容が変わっているかもしれませんけれども、それはそれとして。

本作を読んで何を感じるのか、何を受け取るのかは、読んだ人それぞれの経験であって、正しいも間違いもありませんよね。
ここでは敢えて、私がどう考えたのかは書かずにおくことにしますが、この『白銀の墟 玄の月』が人によっては尻切れトンボとも感じるかもしれないようなところで終わっていることが、大きなポイントになるかなと思います。
つまりそれは、作者である小野不由美にすれば、そこまでで、本作で書きたいと思っていたことは描き切ったと考えているのだろうということを意味するからです。
さらに言えば、先に書いたように本作が「十二国記」シリーズ長編の締めくくりとなるべきものであるのだとすれば、シリーズ全体でやりたかったこと、読者に伝えたいと思っていたことは描き切られたということにもなるでしょう。
そういう覚悟で書かれたのが『白銀の墟 玄の月』だとすれば……

ということで、かなり長くなってしまいましたが、ひとまず「十二国記」シリーズと『白銀の墟 玄の月』を読んでの感想は、現時点ではこれくらいにしておきます。
他にも色々と考えていることは、次の短編集が刊行され、読了した時にでも、気が向けば書かせていただきます。




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