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「母になる、石の礫で」

 2019-08-31
どこかで一度、読んでみようかなと思っていた 倉田タカシの『母になる、石の礫で』を、ふと思い立って購入しました。

この作品の内容をどう説明しようかというのが、なかなか悩ましいところで、端的に言ってしまおうと思えばそれは簡単なのですけれども、果たしてそれでいいのか、というところが問題です。
とりあえず、裏表紙の粗筋を引用してみましょうか。

3Dプリンタが驚異的深化を遂げ、建築物から料理まで直接出力出来る未来。禁断の実験に手を染めるため地球を脱出したファナティックな12人の科学者は、火星と木星の間の小惑星帯にコロニーを建設していた。<始祖>と呼ばれる彼らに産み出された<二世>の虹、霧、針、そしてその下の<新世代>を含む4人は、コロニーを離れ自らの<巣>を建設していた。あるとき虹は、母性の地球から威圧的に近づいてくる巨大な構造物に圧倒される。虹たちは対策を検討するため7年ぶりに<始祖>と再会するが、それは過去に2名の<二世>を失った事件に端を発する確執の再燃でもあった――未来的閉塞環境で己の存在意義を失った異形の若者たちの惑いと決意を描く本格宇宙SF


……うーん、実際これで間違いではないけれど、これは、誤解を招く紹介文のような気もしないでもありませんね。

本作が、<二世>と<新世代>の4人が自らのアイデンティティーを求める物語、というフレームを持つ物語であることは、明らかな事実です。
その上で、上記の粗筋から期待してしまうような、地球と<始祖>達の対立やディストピア的な未来の地球社会といった要素が描かれていたかというと、実のところ、そういうものはほとんど感じられないというのが正直な感想。
一番描きたい部分にのみフォーカスした一点突破な作品なのだ、ということなのかもしれず、それはそれで、アリといえばアリだとは思います。
しかしながら個人的な好みで考えるのであれば、こういう題材をやるのであれば、もうちょっとその辺りも明確に示せばいいのになと感じてしまわずにはおれず、その意味で、ちょっと失望だったというか、読み始める前に望み求めていたような作品では無かったなぁ、というところが残念でした。

とはいえ、本作を評価する人が多いことには理解も納得もできますし、生体まで出力できるようになった3Dプリンタとか、「母」という言葉・概念の使い方の上手さとか、唸らされるところも多かった、刺激的な読書体験をさせてもらえたのも確かなこと。
なかなか評価に困る作品だ、というのが、正直な感想になるでしょうか。



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