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「天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ」 PART3

 2019-03-02
10年もの歳月を費やして描き切られたシリーズ最終巻、小川一水の『天冥の標Ⅹ 青葉よ、豊かなれ』PART3 を読了。
開始から10年をかけて紡がれてきた全10巻・17冊の物語、差別と排斥と強奪と怨恨と衝突を描いた『天冥の標』という物語は、大いなる破壊と崩壊と破滅の後に、確かな希望と、未来へ大きく開いた窓を描いて完結しました。

控えめに言って傑作。
普通に言うならば大傑作。
遠慮なく率直なところを全て正直に述べるのであれば超大々々々々傑作だと思います。

正直、第1巻を最初に読んだ時は、いえ、第7巻の辺りでもまだ、物語のスケールがここまで大きくなるとは予測していませんでした。
この物語をブツ切れに味わいたくはないと思って、完結を待ってから第9巻2冊と第10巻3刷の計5冊をほぼ一気読みしたのですけれども、どんどんと広がっていく世界、広がっていく事態、広がっていく関係性(敢えて、誰と誰の関係性なのかは書かないことにしておきます)に、酩酊感を覚えながらの読書となりました。

ここまで描いてきた物語をいよいよ畳もうという段階であるというのに、こんな終盤でこんなに大風呂敷を広げだしてしまって大丈夫なんだろうかと心配をしていたのは、全くの杞憂に終わっています。
この最終巻では、色々なこと、色々な登場人物、色々な要素が、それぞれしっかりと再梱包されて、1つの完成された料理としてきっちりと提供されています。
とはいえ、もちろん……と言っていいのかどうかは分かりませんが、これだけの長期間をかけて巻数を重ねて描かれてきたのですから、最終シーンで拾い切れていない部分はあるでしょう。
私としても、その後ここについてはどうなったのかなと気になっているところは無いわけではありません。
しかし、それを上回る興奮、上回る充足、上回る読後の余韻を読者に残してくれるのですから、ここで徒に瑕疵を指摘していくのも無為なことでしょう。
それを「瑕疵」と捉えるかどうかも、人によって意見が異なるでしょうし、そう思えば、粗探し的な行為は何の益にもなりませんよね。

最終巻の最終章を読み始めた時点で私は、随分と遠くまで連れてきてもらったなぁという感慨と幸福感に包まれていましたが、おそらく物語の紡ぎ手である小川一水自身の脱稿時の感慨はそれとは比べ物にならないレベルのものであったでしょう。
古くからのファンの1人として、「お疲れさまでした」そして「ありがとうございました」のお礼の言葉を述べると同時に、「次回作にも期待しています」の一言を添えたいと思います。




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