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「アトミック・ボックス」

 2018-11-03
瀬戸内海の離島で漁師をしていた父が、その死の間際に残した物を巡って、大学で社会学の専任講師をしている娘が公安の追跡を振り切って広島から東京に向かうという、池澤夏樹の『アトミック・ボックス』を読了。

タイトルが既にその内容を示唆していますし、裏表紙の粗筋で書かれてもいることなので、ここでも特に遠慮せずに書いてしまうことにしますが、実は彼女の父はかつて国産の原子爆弾開発計画に関わっていたことがあって、そのせいで、計画が頓挫した後もずっと公安の監視対象になっていたのです。
その計画の一部を記録した機密資料を託された彼女が、それをどのように扱うべきか、公表すべきか否かを迷っている内に、父親殺人の容疑で指名手配されてしまって……というような導入から始まる物語は、どうやら「冒険小説を書きたい」ということを作者が考えて書き始められたもののよう。

なる程、確かにこれは冒険小説であるとも言えると思いますが、そのフレーズから最初に想像されるような、いわゆる血沸き肉躍る大冒険、というようなものではありません。
そういう点では、作者の別作品『氷山の南』の方が「冒険小説」というキャッチフレーズには合っているように思います。
ならば、裏表紙の粗筋に書かれているようなサスペンス小説なのかというと、サスペンスといえばサスペンスですが、そこまでギリギリの緊張感が続くようなものでも無い、かな?

そんな感じに、冒険小説とも言い切れない、サスペンスとも言い切れない作品ではあるのですが、決してつまらないというわけではありません。
これは別に扱っている題材が政治的に敏感なものであること、そして、「ああ、これはあの人の事だな」と実在の某有力政治家をはっきりと類推することができるキャラが出てきたりすること、といった要素から筆の勢いが鈍ったというようなわけではなくて、物語の基本に「家族の物語」というものを持ってきた以上は、むしろ当然の帰結だったのでしょう。
その分、微妙な中途半端さが漂う結果になっているのは残念ですが、その選択は理解できます。

ちなみに、その他のマイナス要素として、ネットでの拡散というものについて登場人物達の認識の甘さが気になるシーンがあった、というものもあります。
これはしかし、池澤夏樹の年齢を考えれば致し方ないところでもありましょう。
それでもどうしても気になってしまうのは否めなませんが、まぁ、ストーリーの本筋ではありませんし、もの凄く目くじらを立てる程のこととまでは言えないかな、という気もします。

そういった点を除けば、池澤夏樹であれば、もっと凄いものにできたのではないかという不満はあれども、なかなか面白い作品だったと言えると思います。



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