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「小説の神様 あなたを読む物語」

 2018-09-22
2016年6月に発売された作品の続編となる、相沢沙呼の『小説の神様 あなたを読む物語』上下巻を、今回は紹介します。

例えば娯楽に徹したエンターテインメント作品で、読んでいる始終楽しくて最後までそのまま読み終えることができたものの、心に引っかかる様な傷を与えてはこなかったような作品(それが悪いと私は別に思っていませんが)もあれば、読み手の心をグリッと抉ってくるような作品もある。
そして、その抉り方はホラーのように恐怖で抉るものや、人の心の弱いところや敏感なところをチクチクと抉ってくるものまで、種々様々です。
そんな中で、相沢沙呼の作品は人の弱さや無意識の悪意や残酷さ、そしてそのような中でも光る何かしらを描こうとしているのかな、と、時々思うことがあります。

Twitter でのつぶやきなどを見ていてしばしば思うのですが、相沢沙呼というのは非常に繊細で打たれ弱い精神の持ち主に感じられます。
そして、時に考え過ぎだと思えるくらいに色々なことを考えて、それで自縄自縛のようなことになってしまっていたりもする人であり、もう少し鈍感力を鍛えてもいいのではないかと思ってしまう反面、こういう人だからこそ、『雨の降る日は学校に行かない』や『ココロ・ファインダ』のような作品が書けるのだろうなとも思うのです。

『小説の神様』は、前作で一度綺麗に物語の円環を閉じている作品です。
その続編を発表するに当たってどうするのかと思っていたら、まさかの、そのものズバリ「続編を書く意味」という題材を、本作は持ってきました。
そこに、物語を書くということ、そして物語を読むということ、人は何故小説を執筆し、小説を読み、小説愛するのか、というようなことや、現在の出版界を取り巻いている様々な実情、問題、日本出版界が迎えてしまうかもしれない終焉の時というようなことを絡めて、読んでいるこちらの心がヒリヒリとくるような「青春の物語」に仕上げてきています。

正直、『小説の神様』の続編という企画だけで見るならば、本作の登場人物が「続編を出す意味」に絡めて発言しているように、前作の主人公たる2人のその後をテンプレ的に描いて多少の恋愛要素でも振りかける形で書くこともできたはずです。
そうしても、案外、読者はそれで結構な満足をしたという可能性も高いのではないかと思います。
しかし、まさしく「続編を出す意味」を深く悩み考えたのであろう相沢沙呼はその道を選ばず、結果、普段から自分が考え、傷つき、そしてまた考えているような創作に関する悩みを前作の主人公達そして本作でクローズアップされることになった新たなる登場人物に投影して描くということをしてきたわけです。

あるいは、こういうものを『小説の神様』の続編に求めてはいなかった、という批判的な声も出るかもしれません。
とはいえ、個人的には、いかにも相沢沙呼らしいなぁと感じました。
結局、相沢沙戸という作家は物語を描くということに真面目で、真剣過ぎるくらいに真剣に取り組んでいるのでしょう。
正直で素直である、と言い換えてもいいかもしれません。
それは酷く生き辛くて大変そうであり、もっと楽な道を選べばいいのではと、本作の作中登場人物のようなことを感じてしまったりもするのですが……
そんな茨の道を行く相沢沙呼作品の味が好きな私としては、むしろそういうところが無くなってしまっては相沢沙呼ではないと、物足りなさを覚えてしまうのだろうなとも、思います。

つまるところ、読者というのはそういう点でどうしようもなく身勝手なものなのです。
それを自覚しているか自覚していないかは、人によって異なりましょう。
ですが、ある意味、本作はそこの部分の自覚を読者に迫る作品であるともいえ、私としては、読んだ小説等の感想を書く時には、例えそれがこのような閲覧者数の少ない媒体であるとしても、そういったことをある程度は意識しつつ書かねばならないかなと、そんな風なことを考えさせられた作品でもありました。
先に前作を読んでから、というのが前提条件になりますが、これは、特に読書好き、物語好きな人には、是非とも読んでみて欲しい1作です。





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