FC2ブログ

「重力アルケミック」

 2018-07-28
『横浜駅SF』で、なかなか強烈なデビューを飾った柞刈湯葉が、その2ヶ月後に発表したのが、『重力アルケミック』です。
『横浜駅SF』を角川の小説投稿サイトであるカクヨムに投稿したばかりで、まだKAOKAWAから本になるとも何とも分からないタイミングに、星海社の編集から「2作目を是非ウチで」という依頼があったのだそう。
さすがに、これは出版詐欺か何かかと疑った、ということがあとがきに書かれていますけれど、つまりは、各種投稿サイトにもこまめに網を張って有望な新人を探していた編集がいた、ということで、それは出版界にとって悪い話ではありません。
まぁ、誰しも1つくらいは渾身の作品を書くことができ得る可能性を有しているということを仮に前提にするとしたならば、柞刈湯葉が書く2作目のクオリティーがどうなるかは分からないということになるわけですけれども、そこで、その編集者は、彼の可能性を信じたわけですね。

さて、そんな本作。
膨張していく世界、という点では『横浜駅SF』と通じるところがありますね。「日本のサグラダファミリア」たる横浜駅が自動化された工事で際限なく拡大を続けて日本全土を覆いつくさんとしているという『横浜駅SF』と、重力を司り、それを化学的に転換すれば反重力を得られるという「重素」の過剰な採掘により、大地の膨張に歯止めがかからなくなってしまい、東京~大阪間の距離がついに5,000キロを突破したという世界を舞台にした『重力アルケミック』では、設定は確かに異なりますけれども。
この両作品は例えば「拡張」というキーワードで括ることもできそうです。

ただし、両作品の共通項と言えるのはそこまでで、その設定の上で繰り広げられる物語はかなり違っています。
一種ロードムービー的な作品だったと言えるのが『横浜駅SF』ですが、本作は、特殊な世界設定の上で、それでも現実の私達の世界のそれと大差なく繰り広げられる理系大学生の淡々とした大学生活を描くという内容です。
それは森見登美彦が得意としている「腐れ大学生モノ」的な、暴走と脱力を迸る妄想で彩るかのようなものではなくて、基本、本当に平凡な学生生活が紡がれていると言っていいでしょう。
学生生活を描く、というそれだけでも単発の作品としては成立すると個人的には思いますが、まぁ、さすがにそれは避けようという判断が働いたのでしょう、一応、本作では主人公がとあるイベントを行うというヤマ場が用意されています。
しかし、もともとの下地が「淡々とした学生生活」にあるからでしょう、それでも作品自体が大きなクライマックスを迎えるというような感はまるでありません。
「膨張し続ける大地」という大ネタを仕込んでおきながら、そこに関するいかにもエンターテインメント的なカタルシスが一切ない、そこが、本作のいいところだ、というのが、個人的な感想。
愛想の少ないヒロインに魅力を感じるかどうかは人それぞれですが、こういうタイプは結構好みなので、そこも楽しく読ませてもらいました。
『横浜駅SF』程の破壊力はありませんでしたが、これも、なかなかの佳作ですね。



タグ :
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:

http://pantarheibekkan.blog110.fc2.com/tb.php/1947-1e249e47

≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫