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「グリフォンズ・ガーデン」

 2018-07-14
早瀬耕の『グリフォンズ・ガーデン』は、1992年に単行本として刊行された作品が26年の歳月をまたいで文庫化されたもの。
これは本作でのデビューから22年を経過して発表された第2作品『未必のマクベス』の、同じく文庫版が結構な支持を受けたこと。
そして、それを読んだ読者から出版元の早川書房に対し、版元品切れ(絶版ともいう)状態であった本作の復刊を希望する声が多数寄せられた結果、四半世紀以上を経て文庫になったものです。
かなり、珍しいケースと言えるでしょう。

そんな『グリフォンズ・ガーデン』。
何しろ1992年の作品ですから、今回の文庫化に合わせて手を入れられているらしいとはいえ、作中に出てくるガジェットがいちいち古いのは、ご愛嬌ですね。
例えば、磁気テープ、磁気ディスク(フロッピーディスク)とかCD-ROM。
今ではすっかり使われなくなっていますし、先日、仕事中に「フロッピー」という単語が唐突に当除した時は、ものすごい懐かしさを感じてしまったものです。
とはいえ、それがどういうものかを知っていなくても、前後の文脈から察することはできるでしょうし、本作を読むにあたって、とりたててそれが問題になるということは無いと思われます。

裏表紙の粗筋を引用してみましょう。

「東京の大学院で修士課程を終えたぼくは、就職のため、恋人の由美子とともに札幌の街を訪れた。勤務先の知能工学研究所は、グリフォンの石像が見守る深い森の中にあり、グリフォンズ・ガーデンと呼ばれていた。やがてぼくは、存在を公表されていないバイオ・コンピュータIDA‐10の中に、ひとつの世界を構築するのだが…1992年のデビュー作にして、『プラネタリウムの外側』の前日譚、大幅改稿のうえ26年ぶりに文庫化。」


これ以上詳しいことはこれから読む人の為に書かずにおきます。

基本、本作は会話劇だということができます。
それ故、その会話の内容が、観念、理論、哲学などをやり取りするような、結構ハイブロウなものになっていますので、その分野の知識があるから面白がれる、あるいは多少分からない部分があっても気にしないで雰囲気を楽しめる、というような人以外には、ちょっと厳しいところのある1冊だと言えるかもしれません。
ちなみに私は後者のパターン。
何となく、そういうものなんだなぁ、と思いつつ、分からない部分は放置して読み進めました。
『未必のマクベス』程のインパクトはありませんでしたが、まずまず面白く読ませてもらった作品でした。

なお、『プラネタリウムの外側』とは、この『グリフォンズ・ガーデン』文庫版の前月に発売された、著者の第三作。
本作と舞台を共通した作品ということは知っていたので、先にこちらを読了してから読もうと思い、まだ手を付けていません。
遠からず、そちらも読むと思います。




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