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「未必のマクベス」

 2018-01-06
あちこちで絶賛されているのを見て、ずっと気になっていた早瀬耕の 『未必のマクベス』 を読みました。
ジャンルとしては、企業謀略小説であり犯罪小説、とでもなるでしょうか。
この文庫版が発売されたのは昨年9月なのですが、毎月大量の新刊が発売されて棚が入れ替えられていく文庫コーナーにおいて、多くの諸点で未だにお勧めコーナーの目立つ位置に置かれており、場合によって特設コーナーまで設けられるなど、書店員からの絶大な支持を受けている作品です。

「未必」という単語を聞いてすぐに思い浮かぶのは、「未必の故意」という言葉ではないかと思います。
弁護士ドットコムの用語解説ページを参照してみると、同語は「罪を犯す意志たる故意の一態様であり、犯罪の実現自体は不確実ではあるものの、自ら企図した犯罪が実現されるかもしれないことを認識しながら、それを認容している場合を意味する。」と定義されています。
つまり、場合によっては自分の選択した言動が犯罪となることを知りながら、そうなってしまってもそれはそれで構わないという考えでいるということですね。
で、そういうものが「未必の故意」だとすれば、「未必のマクベス」とはどういう状況を指すことになるのでしょうか。

ちなみに、本作表紙に印刷されている英字タイトルは 「UNCONSCIOUS MACBETH」 となっています。
これを再度日本語に訳すと「無意識化のマクベス」とでもなると思われるのですが、「自分がマクベスとなってしまう可能性があることをはっきりと承知していながらも、それでも構わないと考えている」ということだと思われる「未必のマクベス」とは、少々温度差がありますよね。
こういうのは本作を読んだ側が自分なりに感じて解釈すればいいことではあるのですけれども、作者である 早瀬耕 自身は、これについてどう考えているかが、気にならないと言えば嘘になるかもしれません。

なお、改めて言うまでもないかもしれませんが、本タイトルの「マクベス」とは、ウィリアム・シェイクスピアの、いわゆる四大悲劇の1つとして知られる 『マクベス』 のことです(言わずもがなかもしれないですが、四大悲劇の他の3つは 『ハムレット』、『オセロー』、『リア王』 です)。
『マクベス』 いついての詳しい内容はここでは言及しないですけれども、「未必のマクベス」とはつまり、主人公である中井優一がマクベス王と同じ道を歩むことになってしまう、その過程を描く物語だと言えるわけです。

北上次郎は巻末の解説文で本作のことを、「とても素敵な小説だ。究極の初恋小説だ。」と評しています。
「究極」であるかどうかは読者それぞれが判断すればいいとしても、本作が初恋小説だ、という点については、間違いのないところだと言い切れます。
冒頭に私は、本作を企業謀略小説であり犯罪小説と書きましたけれども、本作は、それと同時に、上質な恋愛小説、初恋小説でもあります。
「未必の故意」は「未必の恋」でもあるというのは、ネット上で見かけた本作の感想に書かれていたフレーズなのですけれども、これはまさしくその通りだと思います。
かなり刹那的なシーンや暴力的なシーンもありつつも、本作がどこか柔らかい雰囲気を漂わせているのは、「初恋」が根底に流れているからかもしれません。

非常に面白い作品であり、時間を忘れて読み耽れて、頁をめくる手が止まらないことを請け負えます。
およそ読者好き、物語好きな人であれば、読まずに済ませてしまうことがもったいない、大いなる名作、いや、とんでもない傑作だと断言できます。



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