「怨讐星域Ⅲ 約束の地」

 2017-09-23
全3巻の作品の完結編となる、梶尾真治の『怨讐星域Ⅲ 約束の地』。

太陽フレアの異常膨張により焼き尽くされ、消滅してしまうことが分かった地球から、選ばれた一部の人間を乗せて脱出した世代間宇宙船ノアズ・アーク。
そのノアズ・アークと、ノアズ・アーク出航後に開発された星間転移技術を使って地球を脱出した、切り捨てられた人々。
5世代を重ねる程の年数を要して両者が、移住先である「約束の地」ニューエデンで再会するというのが、今回のストーリーのヤマ場です。

転移組が抱いている恒星間航行組への憎悪と恨みとで捻じれまくった感情が、ノアズ・アークからニューエデンに降下してくる人々を本当に惨殺してしまうのか。
それともそのような血まみれの再開は回避されるのか。
その結果がどうなるのかは、これから本作を読む人のお楽しみとして、ここでは触れないでおきますが、もしかしたら人によって、その内容に不満を抱かれるなんてこともあるかもしれません。
というのも、本作にはラストのカタルシス的なものがあまり無いから。
とはいえ、これは梶尾真治が物語の紡ぎ手として失敗したというようなことを意味しているのではなくて、要するに、作品の方向性がそもそもそういうところを向いていなかったということなのでしょう。

私がそう思うのは、シリーズ第1巻の後書きにおいて梶尾真治自身が、「年代記のようなものが書けないかな」と思って本作の連載(雑誌『SFマガジン』に不定期掲載)を始めた、と記しているから。
もちろんこれだけで断定するのは危険です。
それでも、SFで「年代記」、かつ、梶尾真治の発言ということからイメージされてきたのが、レイ・ブラッドベリの 『火星年代記』 だったんですよね。
で、ああいう作品に仕上げることができないかと模索をされたのであれば、おそらく、散りばめられた要素が最終巻で一気に集結されて一つの大きな物語を描き出す、というようなことは無いだろうなということは、そこから想像されていたという次第。

コアなSFファンだと技術的なところに突っ込みを入れたくなるかもしれませんが、本作が描こうとしているものが、そういうガチガチの技術的な設定を必要としていない、「様々なことが一変してしまった世界においても営まれる人の日常」というようなところにあるのだとすれば、それ等は些末なことだと言ってしまってもいいのかもしれません。
面白かったです。



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