林太郎と修治

 2017-06-21
所要があって三鷹駅の南口の方に行くことがありましたので、せっかくだからとちょっと寄り道をして、駅からまっすぐ連雀通りに向かって歩いた辺りにある、禅林寺に行ってきました。

文学好きならば、「三鷹」の「禅林寺」と聞いて、ぴんと来たかもしれません。
そう、ここの奥の墓地には、日本文学史にその名が燦然と輝く偉大な2人の作家が眠っているのです。

それが、下の写真。
左が、1922年(大正11年)7月9日に亡くなった森鴎外(森林太郎)の墓所。
そして右の写真は、1948年(昭和23年)6月13日に亡くなった、太宰治(津島修治)の墓所になります。

特に、彼の太宰の命日をきっかけにして三鷹に行ったというわけでは無いのですが、まあ、結果的に、そんな感じになってしまいました。
ところで、この2人の墓はちょうど互いが斜め向かいの位置関係になっています。
これは、元々は森鴎外がこちらの墓地に眠っていて、それを知った太宰が、その作品「花吹雪」にてそのことについて書いたのを受けて、玉川上水に入水して亡くなった彼の遺骨を、その一周忌にこちらに葬ったのだとか。
ちょっと、その文章を引用してみましょう。

この寺の裏には、森鴎外の墓がある。(中略)ここの墓地は清潔で、鴎外の文章の片影がある。私の汚い骨も、こんな小奇麗な墓地の片隅に埋められたら、死後の救いがあるかもしれない


この写真にはアングル的に写っていませんが、太宰の奥さまが葬られている津島家の墓石も、太宰の墓の横に平成10年に建立されています。
夫婦仲良く、というわけですね。




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