「クォンタムデビルサーガ アバタールチューナー」

 2017-06-24
「本館」に先がけた読了本紹介、今回は、今更ながら全5巻をじっくりと読ませてもらった、五代ゆう の 『クォンタムデビルサーガ アバタールチューナー』です。

いや、これは、なかなか素晴らしいものを読ませてもらったと言わなければならないでしょう。
正直、第1巻を読み始める前は、そこまでの期待をしていたわけではなかったりしたのですが、良い形でそれを裏切られたという感じです。

本作の最終第5巻は2011年の10月発売……ということは、今から5年と8ヶ月前に発表されているわけです。
そもそもそれよりも10年も前の2005年1月に、本作の内容を原案とするゲームが発売されているわけで、今さらネタバレを警戒することもないかな、と、いつもよりも少し緩い基準で内容について言及させていただきます。
「神」について語る物語は、この第5巻の比較的冒頭に近いところで、作品中における「神」の正体、作中に出てくるキュヴィエ症候群という奇病を何故「神」が人類にもたらしたのか、というようなことが明らかになります。
そこから物語はさらに大きく動き出し、そしてSF大作と呼ぶにふさわしい最終展開と、穏やかで幸せな終わりを迎えるわけですけれども……
キャラクターそれぞれの言動にも無理はなく、そして、収まるべきところに全てがきちんと収まって、描写不足だったり言及されずに終わってしまったこと等もない、見事に円環を閉じた完結を読ませてくれました。

作者の後書きによると、ゲーム版の企画会議上、アトラスからは、光瀬龍の 『百億の昼と千億の夜』 のような多重世界を扱った物語を考えてほしいという要望があったそう。
それを受けて、同作に思い入れのある作者が紡ぎ出したこの物語は、見事に、『百億の~』 の遺伝子を継ぐものになっているのではないでしょうか。

ただし、不満が無いわけではありません。特に気になったのが、第1部終盤と第3部終盤における、連続する戦闘シーン。
その描写に迫力が無くて駄目だとか、戦闘状況の流れに強引さがあるとか、そういうことではありません。
要は、その戦闘は物語上で本当に必要なのか、とか、ラスボス的な相手が続きすぎだろう、というようなことです。

そういう、ちょっと引っ掛かりを覚えるところもありはしたものの、全体として、人が何故生きるのか、生きるというのはどういうことなのか、ということを突き詰めた、かなりの傑作だと思いました。
まだこの物語を読んだことが無いという人には、SFが苦手でなければ、とか、エグい描写は一切駄目だ、というのでなければ、という条件付きではありますけれど、絶賛、お勧めの作品です。



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