「ポッピンQ」

 2016-12-26
東映アニメーションの60周年記念作品だという、アニメ映画 『ポッピンQ』。
1年の終わりも終わりのこのタイミングで公開されたこの作品を、映画館で観てきました。

今年は、『シン・ゴジラ』 『君の名は。』 、更に 『聲の形』もあって、とどめの『この世界の片隅に』と、映画に関してはかなりの収穫といえる1年になりましたから、その締めくくりとなるのが、この作品でいいのかどうかと、正直、かなり悩みました。
何しろ、予告画像を見ても、それ以外の情報を見ても、これ、明らかに、「大きいお友達のことも視野に入れた少女向けアニメ作品」ですからね。
つまりは、「プリキュア」です。

別に「プリキュア」が悪いと言いたいわけではありませんが、だからといって、それをわざわざお金を払って映画館まで観に行くか、ということになると、また話は別になります。
が、ちょうど精神的にかなり疲労が溜まっていたのもあり、こういう、何も考えずに観れる娯楽作に行って、リフレッシュという程ではないですけれども、ちょっと気楽に気軽に息抜きでもしてこようかなと、そんな風に考えて、映画館まで足を運んだ次第。

結論から言って、映画の内容は、ほぼ予想通りのもの。

絵も動きも綺麗でしたし、メインキャラの CGモデリング については、さすが東映、慣れているなぁという感じで、なかなかの出来栄えになっていました。
2D の動画から 3DCG への繋がりも、すんなりと、無理なくできていましたし、3D になった途端に違和感が生じるというようなこともなかったのは、それこそ「プリキュア」のED等でキャラの 3DCG を動かすのに慣れている東映の面目躍如、というところでしょうか。

ただ、この作品には、1本の映画として考えた際に、大きな欠点があります。
それは、「物語を語れていない」ということ。

構想していた物語を映画の上映時間の枠内で消化することに精いっぱいで、確か贅肉を省いて小奇麗にまとめ上げてはいたのですが、省きすぎて色々と途中経過をスッ飛ばしているというか、点と点を結ぶ繋ぎの部分とか、裏付けになるべき部分の描写が圧倒的に足りていなかったのです。
その為、例えば、A という事象が起きた時に B というキャラが C という言動をとり、それを受けて D というキャラが E という反応をして、F ということになる、というような、「A→F」に至る流れが、ちょっとそれは不自然じゃないかな、と思われることが、1個所とか2か所どころでは無く、何回も見られるという、かなり残念なことに。
これをキャラに語らせたい、こういう展開に持って行きたい、という脚本や監督などの意図があけすけで、それが先に立ちすぎて、わざとらしい話になってしまった、ということです。
主人公たちのチーム人数を、現行の5人では無くてせめて3人、更に言ってしまえば、主人公1人だけの物語にすれば、この辺も、もっと上手く作れたはずですが、諸々、そうしたくない、そうできない理由もあったんだろうなぁというのは、後述します。

で、今回の映画鑑賞なのですが、「息抜き」はできましたし、特に何かを考えたり感じたりすること無く、気楽に観終えられて、それなりに楽しめたという点では、初期の目的は無事に達成できたと言えます。
ただ、どうせなら、ストーリーテリングのところもきちんとした作品であれば、もっと良かったかなぁ。

それともう1つ、制作サイドの姿勢として大いに苦言を呈したいことがあります。
とはいえ、これを書くと、公開早々の映画について、大きなネタバレをしてしまうことにもなってしまうので、さすがに躊躇せざるをえないのですが……
きちんと指摘してあげることが、(彼等がこのブログを見るかどうかは分かりませんけれど)本作の制作スタッフたちの為だということで、追記項目として、入力をしてあります。
ですので、ネタバレがいやだという人は、今回のエントリについては、この辺りで読むのを止めておいてください。


公式サイトは こちら から



さて、この作品を「1本の映画」として考えた時に、一番問題になるのが、エンドロールが終了した後の、TVで言うところのCパート部分です。
そこまでのネタ振りもありますから、そこで主人公たちの高校入学が描かれることと、そこで5人が全員同じ高校に通うことになったのが判明するというのは、予想通りの既定路線。
だから、入学式での再会と、新入生歓迎のあいさつに壇上に上がった生徒会長が、異世界「時の谷」で出会ったレノであったことの描写は、別に、いいんですよ。
むしろ、そこをやっておかないと、ただでさえ本編中で全く触れらなくて曖昧なままになっていた「レノ とは何だったのか」というところが、余計に訳が分からない、意味不明な要素になってしまっていたでしょうから。

大いなる蛇足だったのは、その後の、レノであった生徒会長のたくらみとか、ポッピン族のポコン達が、どうやら人の姿になってこちらの世界に来たらしい描写とか、謎の敵と東京の街で大掛かりなバトルをやっている映像とか、そういうものです。
つまり 「この物語はこういう風に続きますよ、どうです、観たいでしょう?」 というメッセージであり、観たいのであればリピート客として複数回映画館にやってきて、かつ、今後発売されるであろう Blu-ray/DVD も購入して支援してね、ということなのでしょうけれども……

はっきり言わせていただきます。

あのパートは、全く必要がないどころか、むしろ、『ポッピンQ』 という映画そのものにとっては、あれをあそこに挿入することによるマイナス効果があまりに大きくて、やらかし感に満ち満ちているものです。
これは、アニメに限った話では無くて、マンガでも小説でもそうですが、続編の発表に変に色気を出して、肝心のその作品の完成度を疎かにすると、結局はそのツケが回って、続編の「ぞ」の字も出ないことになるというのは、珍しい話ではありません。

2本目の映画、あわよくば TVシリーズ、というような希望を抱くのは悪いことではありませんし、クリエイターたる者、それくらいの野心があって当然です。
ただ、それならそれで、まずは今の作品の足元をしっかりと固めることが最優先事項だろう。
私は、そう思います。

あるいは、この続編部分の構想だったり、今回の本編では時間的制約からオミットせざるを得なかったけれども本来ならばきっちり描いてテーマに絡めて訴えたかったこと、そういったものがあるが故に、主人公たちのチームが5人編成になったのかもしれません。
単純に、様々なタイプの女の子を5人くらいだしておいた方が、大きなお友達であるアニメファンのウケも良いだろうとか、もしくは、それくらいの人数がいた方が、ダンスシーンが見栄えする、という判断だった可能性もありますが。
しかし前述もしていますが、この5人という人数は、作品のボリュームに対して、いかにも多過ぎです。
それぞれのキャラについての描写が中途半端になった、どころではなく、ほとんど触れられずに、ただセリフだけで強引に説明するシーンも多々あって、そこが興醒めでした。

アニメートの部分、作画的なものとか声優の演技とかでは特に問題は無く、むしろ色彩設計や背景美術なども含めて良くできていただけに、ここが、いかんともしがたい。
そんな作品でした、『ポッピンQ』 は。

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