さすがは基幹産業

 2016-11-08
日本庭園が好きで建築物の写真を撮るのも好きだというのに、その気になれば簡単に行ける場所にありながらも、今まで一度も足を運んだことが無かったのが、横浜市中区本牧三之谷にある三溪園。
どうして行かなかったのか、というのを細かく書いても仕方ありませんが、例えば、駅から遠いので公共交通機関で行くとしたらバスしか手段が無く(最寄ではありませんが、便の良い横浜駅東口からだとバスで45分かかります)、駐車場もそんなに広くない、というのは、大きな理由の1つ。

で、その三溪園に、綺麗な青空に誘われて、先週末に生まれて初めて行ってきました。

紅葉の時期にはまだ早いのですけれども、むしろその方がむやみに混んでいなくて、落ち着いて見学するには良かったかもしれません。
まぁ、それでも、結構な人出ではあったのですが。

三溪園は明治~大正にかけて製糸・生糸貿易で財を成した横浜の実業家、原富太郎(原三溪)が作った、175,000平方メートルの敷地を誇る庭園。
広い園内には京都や鎌倉から移築した数々の歴史的建造物と、原三溪の私邸があり、戦後に原家から横浜市に譲渡・寄贈され、今では国の指定名勝になっています。
上記の建物は隙間なく建ち並んでいるいるのではなく、広大な日本庭園の中に、効果的に配置されています。
この、建物と自然との調和、景色の美しさが実に見ものだ、という話は前から聞いていたのですけれども、これまでは、そうは言ってもそんなに大したことないだろうと高を括っていたことを、今ここで深くお詫びします。

正直、明治期の生糸豪商をナメていました。

まず、写真を撮りつつであるとはいえ、次の予定があったのでわりと早足気味に回ったのに、園内をざっと一周するのに要した時間が1時間半という広さ。
そして移築された建物の素晴らしさと、庭園としての景色の良さに驚かされました。
原三溪、さすが只者ではありませんでした。

こうなると、戦時中の空襲で損なわれた建物などがあるのが、本当に惜しい。
また、本牧海岸が埋め立てられていなければ、三溪園を出てすぐのところに東京湾の景色が広がっていたのだろうなと思うと、その姿が今は観られないというのも、もったいない話だと思います。

写真は、その三溪園の風景2枚と、食通でもあった原三溪が、お茶会用の料理として時間が経っても美味しく食べられる物として自ら発案されたという「三溪麺(さんけいそば)」を撮影したものです。
この「三溪麺」は、園内にある食事処の「待春軒」で昆布茶付きで販売されており、値段は800円(税込)。
なかなか美味しかったので、三溪園に行くことがあったら、ぜひ一度、試してみて下さい。

季節ごとにそれぞれの風景を楽しみに何度でも訪れたくなるタイプの庭園ですので、また、別のタイミングで再訪をしたいと思っています。



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