「月世界小説」

 2016-07-09
量子論の入門的な話をする際には、ほぼ確実に例示される「シュレディンガーの猫」。
それとはちょっと違いますけれど、私達が認識することによって初めてその対象となったものの状態が確定される(「我思う故に我あり」の実存主義的な、と言い換えてもいいかもしれませんけれども)、世界というものがそういうものであるのであれば……
我々が事物や現象を言語を以って表現することで世界そのものが規定されていくのだ、という考えはどうなのか。
「我語ることにより世界あり」ということも、あるいはあってもいいのではないか。

ちょうど1年前の昨年7月に刊行された牧野修の『月世界小説』を、今回は紹介します。
正直、最初に書店でこの作品の表紙を見た時には、そのポップに感じられる様子と作品タイトルから、牧野修も明瞭簡潔な月面での戦争を題材にしたエンターテインメントを書くことがあるんだなぁ等と思ったものです。
しかし、そんなことを考えつつページをめくってみたら、これ、そんな程度のものではありませんでした。

とりあえず、裏表紙に書かれているあらずじの一部をここに書いてみましょう。

「友人とゲイパレードを見に来ていた青年、菱屋修介は、晴天の空にアポカリプティック・サウンドが鳴り響くのを聞き、天使が舞い降りるのを見た。次の瞬間、世界は終わりを告げ、菱屋は惨劇のただなかに投げ出された。そして彼が逃げ込んだ先は、自分の妄想世界である月世界だった」。

まさか、いきなり冒頭からヨハネの黙示録が始まるとは、思いませんでした。

そこから先は牧野修お得意の(と、いうよりは、おそらく彼にとって終生のテーマなのであろう)「言語」を巡る一大絵巻が繰り広げられます。
この、脳髄から頭が揺さぶられるような刺激、シリアスでハードな話なのにそこかしこに挿入されてくる小ネタの数々。
これは、まさしく牧野修のSF作品です。

黙示録の開始を告げに来た天使=神(作中表記は「示」偏)に対し、主人公達が「言葉」「物語」「妄想を言語化し語ること」で対抗するこの物語。
ここまでクラクラくる内容だとは思っていなかっただけに、予想外の大いなる収穫となりました。
これは、多くの人に薦めたい、そしてこの最高の酩酊感と心地良い興奮とを味わってもらいたい作品ですね。

ちなみに、物語の最終段階に突入する辺りに、「物語こそが防衛と攻撃の要なのだ。語られることで人類は守られ、語ることで」「抵抗ができる」という表現があります。
このフレーズに、私はグッと来ました。
余韻溢れるラストもいいのですが、読んでいて一番響いたのは、ここです。

冒頭からアクセル全開でめまぐるしく展開しながら突っ走りまくり、しかもスピードは緩まるどころかどんどん加速しながら最後まで至るという、非常に濃密な傑作です。
菱屋=ヒッシャー=筆者であることとか、本作が日本語で書かれていることの意味、とか、読了後に色々と考える出して更に面白くなってくるポイントがあって、一粒で何度美味しいのか分かりません。

間違いなく、今年読んだ本のベスト3に入る作品です。

 月世界小説
 (2015/7/8)
 牧野 修
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