「神殺しの救世主」

 2016-06-04
これまでは中央公論新社のC・NOVELSファンタジアをホームグラウンドとして作品を発表し続けていた多崎礼が、初めて他社で出した作品が、今週の「本館」更新に先がけた読了本紹介に選んだ、『神殺しの救世主』。
中央公論新社以外では初めての仕事であると同時に、これまでの作品は全てノベルズでしたので、初めてのソフトカバー単行本でもある、ということになります。

これは、これまで彼女が発表してきた、地味だけれどもしっかりしたテーマを丁寧な描写と緻密な構成で綴られた物語を、KADOKAWAの編集が評価して話を持って行ったというような流れがあって執筆されることになったものなのかな?
もしそうだとすれば、それ自体は悪い話ではない……どころか、多崎礼という小説家にとってはむしろ良いことです。
複数巻にまたがるシリーズものの場合でも、初稿を最後まで書き上げて落着点を確定してからでなければその作品の刊行が開始されない(出版を前提とする最終稿に着手しない)らしい、というくらいにきっちりと物語を組み上げるのがこの人の特徴なので、それが分かっていて長期的な構えで執筆させている中央公論新社ではない新たな出版社での第1作目であれば、単発の1冊で完結する作品ということになるのは、理解できます。

デビュー作であり文庫化もされている『煌夜祭』(中央公論新社 中公文庫)以外は複数巻の長編であるだけに、単巻作品の仕上がりがどれくらいのものになるのか(なお、『煌夜祭』はクオリティーのかなり高い作品でした)と一抹の不安を抱えながら読み始めた本作。
一言でいえば、不安的中な内容でした。
非常にスケールの大きな題材を扱っているストーリーに、本のボリュームが合っていないのです。
物語の規模に対してページ数が絶対的に不足している、と言い換えれば、分かりやすいでしょうか。

古の予言がまさに成就して滅びを迎えつつある世界で、人々に新しい世界への道を示す救世主の守護者の責務を負う少女が、仲間を集め予言された終末に抗うというのが大筋なのですが……
その過程で世界の真実などが明らかになっていき、どんでん返しのあるラストを迎える、というこの物語には、本来であればこの数倍のボリュームが最低でも必要だったように思います。
2段組のノベルズであれば全5巻くらい、今回のこのソフトカバー単行本というフォーマットであれば全5巻~7巻程度が、あるべき姿だったのではないでしょうか。

KADOKAWAでの初作品なので、新たな読者層にアピールしようという時に、じっくりと丹念かつ丁寧に細かい描写を積み重ねていく複数巻の長編を出すことはためらわれる、というのは編集サイドから見れば納得できる考え方です。
ですが、その結果が、この、プロットというかシノプシスというか、おおまかに話の流れをなぞっただけのような、さながらダイジェスト版のごときモノとなるのであれば、それはちょっと、どこかで判断を誤ったとしか言いようがありません。
おかげで、展開の全てに説得力が薄弱になってしまっていますし、語られていること、記されていることの全てが上っ面を流れていくばかりで読み手に響いてこないという、かなり酷いことになってしまっています。
せっかく、普遍性のあるシンプルだけれど大事なテーマも持っているというのに。

こういう形でこの物語を発表するくらいであれば、これは一時保留にして別のものを書くことにするか、あるいはセールスが悪くなる可能性も承知で(なおかつ、それでも打ち切りだけはしないという覚悟で)作品の要求するだけの適切なボリュームで刊行すべきだった。
私は、そう思います。

残念な出来の作品でした。

 神殺しの救世主
 (2015/7/1)
 多崎 礼
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