「コードギアス 亡国のアキト 最終章 愛シキモノタチヘ」

 2016-02-08
2012年8月の 第1章「翼竜は舞い降りた」、2013年9月の 第2章「引き裂かれし翼竜」、少し間があいて2015年5月の 第3章「輝くもの天より堕つ」、そして2015年11月に Blu-ray が発売されてから観た 第4章「憎しみの記憶から」 と続いた『コードギアス 亡国のアキト』シリーズの最終章、『コードギアス 亡国のアキト 最終章 愛シキモノタチヘ』を観てきました。

当初全4章構成だったものが5章構成に変わって、その分、話に奥行きが出た部分があったのは、このシリーズにとっては良かったのでしょう。
結果、第4章とこの最終章で、アキトとシンの兄弟の決着に十分に時間を割けたはずなので。
それで今回の『愛シキモノタチヘ』の内容なのですが……
今回も、前回同様に「それはそういう風になるのがお約束でしょ」というようなノリで押し切った部分が無いとは言えないのですが、ベタはベタなりに徹底していたので、まぁ、上手いことまとめたと言えるのかな。
正直、主要キャラの1人や2人死んだ方が、物語の重みや語りたいであろうことの説得力も増したとは思うのですけれど、こういう形での大団円を監督も脚本家も望んだことが、あながち悪いとは言えないと思うのは、上映後、私と同じ回を観ていた他の女性客が、「誰も死ななくて安心した」「良かった」と話しているのを耳にしたから。
その気持ちは、分からなくも無いですし。

全編が完結して思ったのは、実はこの『亡国のアキト』シリーズにとっては、スザクとルルーシュの存在は不要以外のなにものでもなかったのではないかということ。
『コードギアス 反逆のルルーシュ』のスピンオフエピソードであるという本作の立ち位置、そして同作のファンへのサービスも考えて、この両名が登場することになるというのは、理解できますから、第2章で彼らが登場した時は、それもなかなかいいよね、と感じました。
けれど、終わってみてから振り返ると、アキトとシン(そこに、レイラを加えてもいいかもしれませんが)の物語にとっては、異物でしか無かったような気もするのです。
特に、最終章のエンディングロール終了後のアレは、『亡国のアキト』という作品からすれば、物語の余韻を壊すことにしかなっていなくて、完全に邪魔でした。
そこが、ちょっと残念ですね。

強引なストーリー展開が無かったとは言えず、手放しで褒められるような物語では無かったのですけれども、頑張って作ったなというのは伝わりましたし、全体てしては楽しめたから、良かったのではないでしょうか。


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