「オデッセイ」

 2016-02-12
以前にこのブログで紹介し、また、「本館」の「読む」コーナーにも採り上げたアンディ・ウィアーの小説『火星の人』を、リドリー・スコット監督がマット・デイモン主演で映画化した『オデッセイ』が、2月5日から日本でもロードショーとなりました。

原作は素晴らしく面白いSF小説だっただけに、これを2時間半ほどの映画にするとどうしても中途半端になるのではないかとか、ハリウッド映画にありがちな感動路線に落とし込んで原作の良さを殺してしまうのではないかと心配で、映画館に行くかどうか、かなり迷っていたのです。
が、ちょっと気分転換をしたくなったこともあって、ならばやはり『オデッセイ』を観ておこうかと、新宿の映画館に行った次第。

結論から言えば、これは想定していた以上にいい映画化だったと思います。
もちろん、原作と比べるとどうだこうだと細かい不満を言い出せば切りがないのですが、それを1つ1つあげつらっても、無意味でしょう。

有人火星探査ミッションの基地を襲った強烈な嵐により計画を中止して地球に帰還すべくスタッフが衛星軌道の母船に戻ろうとする中、アクシデントにより火星に置き去りにされたマーク・ワトニー。
彼が、残された限られた物資と自らの持つ知識をフル活用して、家族の待つ地球へ戻るべく活動する。
そんな彼を襲うのは、実際に起こり得るであろうリアリティーのあるアクシデントの数々。
それにいかに対応し生き残っていくか、そこが原作小説の読みどころの1つでしたが、マークの語り口で読ませるところがあったので、映像にするには少し地味だとも言えます。

142分という上映時間の長さはいかにも洋画で、しかも原作は上記のように画的に派手な盛り上がりのあるような話でもなかったのですが、そこは視点の切り替えを上手く使うことで、あまり飽きさせないようになっていました。
火星に取り残された宇宙飛行士のマーク、彼をサポートするNASAの職員たち、そしてマークを置き去りにしてしまった仲間達。
それぞれの思いを無理なく描いていて、危惧していたような「感動の押し売り映画」にならずに済んでいたというのが、まず、何よりもほっとしたところでした。
劇中のBGMにディスコ・ミュージックが使われていた(何故そうなるかの意味は、映画を観るか原作を読んでください)のも、良かった。
ディスコ・ミュージックではありませんけれど、先日亡くなったデヴィッド・ボウイの「STARMAN」が流れた時は、さすがにちょっとグッときました。
火星と言えば、ジギー・スターダストですよね、やっぱり。

原作の後半のエピソードがかなり省かれたり、困難をユーモアでやりすごす笑える部分が少な目になったのは仕方が無いでしょう。
私のお気に入りのシーンが無くなったのはいかにも残念だったのですけれども、そこまで丁寧に描いていたら時間が2間半では、とても足りませんから。
最後に付け足されたエピローグ部分を蛇足と思うかどうか、原作既読者としては難しいところですが、映画としてストーリーを綺麗にまとめるには、アレは必要だったかもな、と私としては思っています。

この映画を観て気に入った人が、そのまま原作にも手を出してくれると嬉しいですね。
映像作品は映像作品の良さがあるのは確かなことですが、原作も素晴らしいですので、文字だからこそできるものも、是非味わってほしいものです。

それにしても、この映画の邦題の『オデッセイ』というのは、センスが無いなぁ……
原題の『THE MARTHIAN』を『火星の人』とした翻訳者&早川書房の担当編集に、圧倒的に負けている、としか。
これならば、まだカタカナで『マーシアン』とした方がマシだったかも。


公式サイトはこちらから


タグ :
コメント












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:

http://pantarheibekkan.blog110.fc2.com/tb.php/1553-995f2599

≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫