劇場版「魔法少女 まどか☆マギカ 叛逆の物語」

 2013-10-28
映画『劇場版 魔法少女 まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語』を観てきました。

正直、この作品についてはTVシリーズの段階で綺麗に物語が閉じられていると感じていましたから、今更その続きと言われても、正直、何をやるつもりなのかサッパリ見当もつかないというか、蛇足としか言いようのない失敗作になるのではないかという心配しか私の中にはありませんでした。
なので、こうして映画館に足を運んだのは、もう、ひとえに「怖いもの見たさ」から。
どんなエピソードを付け加えるつもりなのか、せっかくの佳作が駄作に堕すようなことになってしまってはいないか、それを確認したいという一点ゆえです。

で、実際に映画館に行っての感想なのですが……

おぅ、こう来たか。
とりあえず、懸念は杞憂で終わった、ということは言っておかなければならないでしょう。
TVシリーズをハッピーエンドとして綺麗に完結させたと思っていた脚本の虚淵玄と、必ずしもそうとは認識していなかった新房昭之監督とが、そこからどのような話を作ってきたのか。
観終わってみると、TV最終回の後に作品そのものや、そのテーマ性を壊さずに繋げてくるのならば、こういう展開しかないだろうし、実際、ここは描き切れていなかった部分だったな、と、大いに納得させられました。

以下、激しくネタバレする内容になりますので、それでも構わないという方のみ、「続きを読む」をクリックしてください。

 
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魔法少女が魔女退治を重ねていくことで業を深めて己の魂を濁らせていき、最後には自らが魔女に堕してしまう。
そんな、ままならない世界が、最後に主人公である まどか の献身・自己犠牲によって根底からその構造を作り変えられ、業を重ねた魔法少女がその最後に、「円環の理」となった まどか により魂の救済を受けるという世界になる。

それがTVシリーズの物語でした。

ちょっと長くなりますが、虚淵玄の言葉を引用するならば、『魔法少女 まどか☆マギカ』という作品は、「「魔法少女もの」というお題の前提として、「祈り」(=願い)を意識しています。今作のテーマは、「少女の祈りを世界が良しとするか否か」という点です。少女の祈りを突っぱねて、ただただ無情に運命が転がっていくだけの世界が、(彼女たちの)祈りを肯定する世界に切り替わる物語にしたいな、とは思っていました。つまり、『まどか☆マギカ』は「魔法少女」というジャンルを全肯定する」物語となっていたわけです。

そうして「少女の祈り」が肯定され、彼女らの闘いの行く末が破綻では無く救済となった世界において、未解決な問題として残されたものは大きく2つ。

その1つがまず、「キュゥべえ」こと「インキュベーター」が依然として人類社会からエネルギー回収をすべく、ほむら のそばにいたこと。
魔法少女が魔女に堕するすることはなくなったので、その分グッとマシになっていると言えますが、それでもその存在が人類にとって危険因子であることには変わりがなく、いつ再び魔法少女に対して牙をむけるようになるのか分かったものではありません。

そしてもう1つが、ほむら の扱い。
一応、彼女がやがてその生を全うした場合、あるいは魔法少女としての闘いの中に倒れた場合、魂を濁らせてしまった場合には、そこに「円環の理」となった まどか が救済に現れるということは示唆されたわけですけれども、それが本当に彼女にとっての「幸せ」になるのか。
神と、その救済対象との関係を友情と言うことができるのか。
そもそも、まどか の犠牲の上に成り立っている救済を、まどか を救うことのみを考えて、己の心をすりつぶしながら何度も物語をリセットしてきた ほむら は受け入れることができるのか。

そういったことに対して、虚淵玄の提示してきた回答が、この劇場版。

ラストにおいて、まどか による救済の手を振り払い、自ら魔なる者へと堕する道を選んだ ほむら。
それも、魔女と化して討たれるという選択ではなく、「たった一人の、私の友達」であった まどか に普通の人間としての平和な暮らしをおくってほしいという本来の自分の願いを叶える為に、「円環の理」から まどか の一部を奪い(というか、引き剥がして?)世界を再度改変する力を得るべく魔となることを望むという選択をして。
神である「円環の理」から力を奪って「愛」ゆえに魔を選んだ ほむら は、だから、普通の「魔女」にはならず、さらに業の深い存在、「悪魔」になった。
これにより、「神」である まどか と「悪魔」である ほむら は存在として対を成す者に。
まどか から ほむら への「救済」という一方的な関係が、これで「対立」という対等な関係性に変わったわけで、アレですね、この方が、ほむら にとっては余程「救済」になっているのかもしれませんね。
いずれ2人が戦うことになってしまうになってしまうこと、「悪魔」である ほむら は「神」である まどか に勝てないであろうことも含めて。

これは、ビターテイストではあるものの、確かに1つのハッピーエンドです。

監督はこの映画について、「心を強く持って見に来てほしい」とコメントしていましたけれども、物語が単純に「救済」で終わらないという点について、そういう風に言及していたんでしょうね。

面白かったです。

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