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「プロジェクトぴあの」

 2020-05-30
かねてより是非読みたいと思っていた1冊が、山本弘の『プロジェクトぴあの』上下巻。
実はずっと文庫化を待っていたのですけれど、なかなかそれが無く、つまりこれは、待望の文庫化ということになります。

アキバから、宇宙へ。「科学の歌姫」で「最後のアイドル」、そして「人類の恩人」であり「世界の変革者」――これまでの常識を覆した新エンジン「ピアノ・ドライブ」を発明した、結城ぴあのの物語。人気アイドル・グループ「ジャンキッシュ」のメンバーである結城ぴあのには、もう一つの顔があった。秋葉原電気街の“お姫様”。電子部品を買い漁る彼女は、自宅のガレージで一人実験を繰り返していたが、その目的は「宇宙へ行くこと」であった。バラエティ番組のレギュラー・コーナーをきっかけに注目を集め、抜群の歌唱力を兼ね備えていたぴあのは、ジャンキッシュから卒業。“メカぴあの”との対決などを経て、トップ・アイドルへの階段を駆け上がっていく一方で、宇宙への夢を実現すべく、ぴあのは実験を繰り返すのだが……。超科学、人工知能、拡張現実、スーパーフレア……山本弘ワールド全開の感動SF長編。


というのが上巻の粗筋ですが、どんなジャンルでも、それまではまるで考えられてもいなかった画期的な、そして型破りな方法でブレイクスルーを達成する天才には、とかく変人と呼ばれるような人が多いとしばしば言われますよね。
様々な伝記、小説やマンガでもそれは描写されていて、実在の人物だけでなくフィクションの登場人物まで含めるとしたならば、そういった桁外れで常識外な天才キャラクター(実在の人物にキャラクターという言葉を使うのもちょっとどうかという気がしますが)が総数で何人いるのか、見当もつきません。

この『プロジェクトぴあの』もその系譜に連なる作品です。

こういうネタの場合は、描かれる天才の奇人変人ぶりに愛嬌があって、どこか読者を惹きつけるようなものであることが望ましいわけですが、本作のヒロイン 結城ぴあの はその点でもばっちり合格点。
作中で展開されている物理学の話は文系の私には少々ちんぷんかんぷんなところもありますけれど、そこは雰囲気で乗り切れるので問題ありません。
こういうところでリアリティーのある(と思われる)ウソを書けるのは、とんでも科学研究家としても知られた山本弘の面目躍如でしょう。
彼の書くSF作品の面白さは、こういうところにも理由がありますよね。

なかなかのボリュームを誇る大作ですが、非常に読みやすいですし、アイドルという私達にも結構馴染みのある設定を使っていることもあって、実にスムーズに、最初から最後まで一気に読み終えました。
いやぁ、面白かった。好きですね、これ。





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5月もまもなく終わりますが

 2020-05-28
日々報じられる新規感染者数の様子を見ていると、東京都でも新型コロナウイルス感染症問題はとりあえず落ち着いてきたと見えるこの頃、良くも悪くも、日常が戻りだしていますね。
朝の通勤時間の電車しかり、街中しかり、少しづつ人出が戻ってきているのは、そのことだけを見るならば良い事と捉えてもいいと思いますけれど、ここで油断をして何でもかんでも野放し状態、緩みっぱなし状態になってしまうと、せっかく抑え込み始めている感染が再度拡大を始めてしまう恐れがあることは、ここでわざわざ私が書かずとも皆さん分かっているでしょう。

それでも、ここまでの自粛生活で鬱屈したものは多かれ少なかれ誰しもが抱いているのだから、どうしたって解放的な気分になりがちなのは、避け得ない人の性というものであるのは否めません。
タガが外れたような行動に出ることを正当化しようというのではありません。
けれど、タガが外れてしまいがちなことは、事実として認め、向き合わなければならないことの1つです。
そこでどこまで自制して、再度の感染拡大を皆で防いでいくことができるか。
相変わらず、私たち日本人は(更に言うならば全世界全ての人達は)試され続けています。

では、「誰」が我々を「試す」のか。
ここでもしも私が宗教家だったりするのであれば、「神」だとか「運命」だとか言えるのかもしれません。
ですが、あいにく私は、神社にお賽銭を入れて健康その他を願うというような習慣としての寺社仏閣参りはしていても、どちらかといえば無神論者に属する方です。
なので、この場合の「裁き手」あるいは「判定員」は、「未来の可能性」である、とでもしておきましょう。
ここでうかつな行動に出て、再度コロナの感染拡大を招いてしまうことは、私達の、そして自分自身の「未来」を損なうことに繋がりますから、つまり、今の時点でどういう行動を取るのか、私達は未来の自分達、そして未来の子供達に問われている、試されているというわけです。

我ながら、言っていることがかなり綺麗ごとですけれど……
ともあれ、もう1ヶ月~2ヶ月くらいは、慎重であったり、自主的制限を課していたりする行動を継続するつもりです。
気晴らしのライブとか、本当は行きたいところですけれども、ライブハウスには都の休業要請もありますし、まだまだ我慢、ですね。


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ひかわ きょうこ 「魔法にかかった新学期」 1~3巻

 2020-05-25
コロナ禍のなかで自宅待機の時間を過ごしていたりすると、色々と積読本の消化が進みます。
そんな時間が長引くと、今度は仕事の方が積まれてきてしまって、自宅待機をしたくても職場に行ってそれ等を片づけたりしなければならなくなってくるのは、テレワークをすることにセキュリティー上の問題が多い、基本的に機密にすべきな顧客情報を扱う仕事である以上は仕方がないことかもしれません。

ただ、そうやって溜まった仕事を片付ける作業に没頭しているのは、精神的には結構疲れることなわけで、そうなってくると、息抜き的な読書をどこかでしたいな、と、前回紹介した『復活の日』の様なシリアスなものを読むのも大いに楽しいのですが、何も考えずに読めるようなマンガを読みたいな、と、そんな風に思うようになったりもするわけですね。
そこでコロナ感染拡大防止で営業を休止している店も多い中、私の様な読書好きの為に開いてくれている書店でコミックコーナーを眺めていて選んだのが、ひかわきょうこ の『魔法にかかった新学期』第1巻~第3巻でした。

ひかわきょうこ は姉がファンだったので、私も昔、『彼方から』や『荒野の天使ども』、『時間をとめて待っていて』等を読んでいましたし、かなり好きなタイプのマンガ家です。
で、そんな ひかわきょうこ が、今はどんな作品を描いているのかなという興味から、この作品を買ってみたというのが、経緯です。

縄文時代、神代文字にオカルトと宇宙物理学と量子力学を混ぜて、ラブコメ的なふりかけをまぶし、どこかふんわりとした味わいに仕上げている本作、要するに、私の期待する通りの ひかわきょうこ 作品でした。
安心したと同時に、ちょっとだけ物足りなくもあったのですけれど、しかし、絵柄といい、物語のテイストといい、あの頃と全く変わらずに、つまり、劣化したりせずにいるというのも、大したものですよね。
第1巻と第2巻が集中連載のエピソード、第3巻は新たに(形式的には続編という形はとっていませんけれど)スタートしたエピソードという感じで、敵役になるようなキャラも登場してきていますし、第4巻以降も楽しめそうなので、発売されたら買ってみようかなと思います。



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「復活の日」

 2020-05-23
新型コロナウイルスの感染が拡大する中、あちこちの書店の店頭に平積みにされているのが、アルベール・カミュの『ペスト』と小松左京の『復活の日』。
ちゃんと読んだことは無かったし、ここで読むべきだろうと思って、まず、『復活の日』から購入してみました。

今更敢えて私がここに書かずとも皆さん既にご存じかもしれませんが、まずは本作の裏表紙に記載された粗筋を紹介します。

吹雪のアルプス山中で遭難機が発見された。傍には引き裂かれたジェラルミン製トランクの破片。中には、感染後70時間以内に生体の70%に急性心筋梗塞を引き起こし、残りも全身マヒで死に至らしめるMM菌があった。春になり雪が解け始めると、ヨーロッパを走行中の俳優が心臓麻痺で突然死するなど、各地で奇妙な死亡事故が報告され始める――。人類滅亡の日を目前に、残された人間が選択する道とは。著者渾身のSF長編。



このMM菌が実は東西冷戦の構造の中、兵器転用を目指して研究・開発されていたモノであるというのが1つ大きなミソで、疫病によるパンデミックを題材としていることに加え、それもあるからこそ、新型コロナウイルス感染症が世界的な大流行を見せる中で、多くの人の関心を惹きつけたというのは、間違いないことですよね。
また、物語の内容、軍事機密のベールに包まれた研究所からMM菌が解き放たれるに至った後に人類社会が辿ることになる破滅への経緯は、今読んでも、というか、むしろ今だからこそ強いリアリティーを持って迫ってきます。
作品としては、MM菌の感染拡大による人類社会の崩壊と滅亡一歩手前の事態という災厄に襲われた人々が再び立ち上がって「復活」していく様を描くというより、如何にして人類社会が崩れ落ちていったのかという「経過」を描くことに重点が置かれているわけですけれど、それ故に、コロナ渦を経験して読む本作には、胸にグッとくるものがありました。
様々な人々、一般人、医療関係者、研究者、軍人、政治家、作中で描かれるそれ等の人々の言動には、コロナ問題の前であれば「確かに、そういうことにもなりかねないよな」と感じるにとどまっていたであろうことが、今や「確かに、そういう行動に出ていたように思えるな」と感じられてしまったものも。
小松左京という作家の先見の明というか事態を予測する(脳内でシミュレートする)能力の確かさ・正確さに唸らされると同時に、今から約半世紀前の1964年にこういった書籍が刊行されていたにもかかわらず、結局私達は、ここに記された現代社会のマイナス面を(程度の差はあれ)なぞってしまっただけなのではないかと、何ともいえない気分にもなってしまいます。

改めて小松左京という大作家の才能を感じるとともに、本作を未読の友人知人関係にもお勧めしたいと思いました。
他の小松左京作品も、もう一度きちんと読んでいかなければ、駄目かもしれませんね。



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記録しておきたいという意欲はあります

 2020-05-19
パオロ・ジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』の感想を以前にここで紹介しましたが、ああいうのを読むと、私も2020年に世界を襲った感染症渦について、何かしらの形で作品を書かなければいけないのではないか、という気がしてきます。

もちろん、私が書くものなんて、それがエッセイにしろ詩にしろ小説にしろ、プロが書いたものと比べると評価の対象にもならないようなレベルであることは間違いないのですが……
それでも、一応、この時期を、緊急事態宣言下の東京で過ごした者として、完全に趣味でやっているだけであり出来栄えも拙いものであっても、何かしらの表現物を作っている者として、これは、何かを記録しておく必要が、私が何をどう感じ考えていたのかを形にしておく必要があるのではないか、なんてことを、厚かましくも思ったりしてしまうのです。

が、さて、じゃあ何をするのか、というところに思考が至ったところで、具体的なものが何もひらめいていないのが実情だったりします。
今のところ、散文詩にでもするのが一番アリなのかなとまでは思っているものの、その為の言葉が、まだ全然出てきていないんですよね。
こういう段階で無理やりひねり出そうとしても、仕方がないのかな、自らの内から言葉が湧いてくるのを待たなければ駄目だろうなとは考えていますし、締め切りがあるわけでは無いので、焦るようなものではないのですけれど。

これは、あるいは、年内くらいに何とかする、という方向で構えているのがいいのかもしれません。
10代~20代の頃は、もっと簡単に言葉が浮き上がってきたものだったのですが、これが感性の摩耗とか鈍化とか、そういうことでなければいいなぁと、そんなことを考えて、昨日はちょっと落ち込んだりもしたという、そういう、私以外にはかなりどうでもいい、つまらない話でした。
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「お台場アイランドベイビー」

 2020-05-16
この作家の作品は文庫化されたものから順次読んでいくことにしようと決めていたものの、某日に書店の棚で見つけて、これは読み忘れていたなと気が付いたのが、伊与原新の『お台場アイランドベイビー』。
私が彼の作品を読み始めた頃には既に文庫になっていたようなので、冒頭に書いたマイルールとはちょっとずれてしまっています。
それはつまり、ルールを決めた時点で購入をし忘れていたということであり、これは完全に私の見落としです。

公式の粗筋を引用してみましょう。

日本を壊滅寸前にした大震災から4年後、刑事くずれのアウトロー巽丑寅は、不思議な魅力を持った少年・丈太と出会う。謎に包まれた彼の出自は、近年起こっている「震災ストリートチルドレン」たちの失踪と関連しているらしい。丑寅は元上司の鴻池みどりと協力し、子供たちの行方を追う。やがて、手がかりが震災で封鎖されたお台場にあることを知った丑寅は、丈太と潜入を試みるが――驚天動地の近未来「本格」アクション!!


大災害もしくは気候変動等が起きてそれまでの都市構造が崩壊した東京というシチュエーション自体は、そんなに珍しいものではありませんよね。
これまでに「ぱんたれい」で紹介してきた中で記憶に強く残っていてパッと思い浮かぶものでも、例えば古川日出男の『サウンドトラック』とか、池上永一の『シャングリ・ラ』とか、藤崎慎吾の『ストーンエイジCOP』シリーズといった辺りが挙げられます。
どれも、災害が原因というよりも極度の温暖化進行が原因な作品ですけれど……。

ともあれ、それだけメジャーなジャンルでやるからには、差別化を図るために本作だけのオリジナルなところが求められるわけです。
そうでないと、生き残っていくことができないですからね。

そういう観点で『お台場アイランドベイビー』を読んでみると、うん、まずまずいい感じになっているのではないでしょうか。
アクションものとして、スリリングな物語を楽しむことができます。
突っ込みどころもいくつか無いわけではありませんが、これがデビュー作であるということを考慮すれば、目をつぶってしまっても全然問題の無いレベルであると言えるでしょう。
ただし、粗筋に謳っているような「驚天動地の」要素があったかどうかは、横に置いておかなければなりません。
さすがに、「驚天動地」はちょっと言い過ぎですね。

デビュー作でこれであれば、先々には大いに期待できますよね。
第30回横溝正史ミステリ大賞を受賞したというのも、なる程なという感じです。
実際、これから後に、伊与原新は結構コンスタントに面白い作品を発表していますし。

もう1冊、先月に文庫が発売になった『ブルーネス』が発売日に購入したまま積読になっていますので、そちらも早めに読まなければ、ですね。



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Hubert Kah 「Angel 07」 他

 2020-05-13
この別館では 「melomania」 というカテゴリーで、私がCDを所有しているミュージシャンを取り上げているのですが、先週は 「Rock Me Amadeus」 のヒットで知られる FALCO を紹介しました。

ちなみに私の中で、何故か FALCO とセットで認識されているミュージシャンとして、Hubert Kah がいます。
とはいえ、両者をセットにする明確な根拠は、ありません。
強いて言えば、FALCO はオーストリアのミュージシャン、Hubert Kah はドイツのバンドなので、ドイツ語圏の隣国であることくらいでしょうか。
あと、私がそれぞれの存在を認識した大ヒット曲、FALCO の「Rock Me Amadeus」 も Hubert Kah の 「Angel 07」 も、どちらも1985年のリリースだから、そこも一緒ですね。
つまり、私がMTV等の番組で初めてそれぞれの曲を聴いた時期がおそらくほぼ同じで、それは故にイメージが重なる部分があるのだと思われます。
楽曲のスタイルその他は、結構違っているのですけれど……

ともあれ、そんな2組ですから、FALCO を紹介した以上は、Hubert Kah も紹介しないわけにはいきません。
まずは、上記の 「Angel 07」 から、Youtube を貼りましょう。
ただし、通常のバージョンではなく、ここでは エクステンデットバージョン の方を掲載いたします。
これは、個人的にこちらの方が好きだからという理由からなのですが、とはいえ、コンパクトにまとまっている通常バージョンの方がいいと思うという意見の方を否定する気持ちは全くありません。
単に、私が好きだというだけです(なお、今回のエントリーの最後に Amazonへのリンクを掲載したベスト盤には、彼等の母国語であるドイツ語バージョンの「Engel 07」が収録されています)。



いかがでしょうか。
今から35年前の曲ですが、2020年の耳で聞いても格好いいと感じられるのではないかと思うのですが。
なおこの曲は1985年12月から1986年4月まで放送されたTVドラマ 「ヤヌスの鏡」 の挿入歌として 「CHANGE ME」 のタイトルで椎名恵さんがカバーされたらしいのですけれども、ドラマは未視聴で楽曲も聴いたことが無いので、どんな感じのカバーになっていたのかは、分かりません。
「CHANGE ME」 というタイトルからは、原曲とは全く違う歌詞になっていそうな予感がしますけれど……

Hubert Kah が 「Angel 07」 の他にそのような曲があるのかも、紹介していきます。
まずは(こちらも エクステンデットバージョン ですが)ちょっとお洒落な雰囲気のダンスナンバー 「Limousine」、そしてバラードの 「Midnight Sun」 です。
それぞれ、Hubert Kah の異なった魅力が出ているのではないでしょうか。




なお、Hubert Kah はこれ等の楽曲を発表した時期は3人組のバンドでしたが、今はフロントマンの Hubert Kemmler のソロとなっています。
最近のアルバムでは、この頃とはかなり異なるテイストの音楽をやっており、それはそれで嫌いではないのですが、やはり私が一番好きな Hubert Kah は、上で紹介した3曲のような、1980年代後半の楽曲なので、今回はそれ等の紹介はしないことにしておきます。
Youtube に上がっているものも複数ありますので、興味がある方はそちらをご覧ください。



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「スガリさんの感想文はいつだって斜め上」 第3巻

 2020-05-11
1巻2巻をこの「別館」でも紹介しておきながら、シリーズの3冊目は無視というのもちょっと座りが悪いかなと思ったので、今回も、「週に1冊をとりあげる」というマイルールを破って、平田駒の『スガリさんの感想文はいつだって斜め上』第3巻を紹介します。

今回題材として取り上げられたのは、太宰治の「走れメロス」とフランシス・ホジソン・バーネットの「秘密の花園」。
どちらも非常に有名な作品ですから、今更内容を説明することも無いでしょう。

これ等に対し、スガリさんこと須賀田綴がどのような感想文を書いてくるのかが、過去2作品における本作の面白がるところだったわけです。
が、このシリーズ3冊目では、その点は少し違ってきているかもしれません。つまり、
スガリさんの解釈を楽しむというよりは、それはエッセンスのようなもので、それ以外の部分での謎解きなどを楽しむという構図になってきているのです。
通常のよくある「日常の謎」系の作品になってきたと言ってもいいかもしれません。
ちなみに、帯に印刷されていた公式の粗筋は、こんな感じ。

今回は取り上げたのは「走れメロス」と「秘密の花園」。学園の問題児・丹波舜斗が読書感想部にやってきた。人を寄せつけない舜斗とかかわるうちに、3年前に起きた大騒動の真相が浮かび上がる。はたしてスガリさんは彼らの失われた絆を取り戻せるのか?そしてスガリさん自身が抱える闇がいよいよ明らかに――!?


ふむふむ?
えーと、前半はともかくとして、結びにある「スガリさん自身が抱える闇」については、今回もほとんど新たなことは判明していないので、そこはまぁ、有体にいって誇大広告ですね。

粗筋にも明記されているように、スガリさんが部長を務める読書感想部に今回、3人目の部員が入ってくることになるのですが、「走れメロス」のエピソードはそんな彼の過去のトラブルをめぐる話でした。
続く「秘密の花園」のエピソードは語り手である読書感想部顧問の直山杏介がスガリさんの過去へとアプローチしようと少しだけ動いてみる話だったので、では次の第4巻ではいよいよそこにスポットライトが当たるのかと思えば、巻末のエピローグではもう1人の部員について何やら不穏なネタ振りがされています。
ということは、第4巻はスガリさんでは無くて彼女の方にフォーカスしたエピソードが描かれるのかもしれません。
それはそれで面白ければ問題ないのですけれど、ならば余計に、帯にあんな宣伝文句を記載しなければいいのにという思いが強まってきてしまいます。
せっかく面白い作品なのですから、こういう詐欺まがいのことは行わない方がいいのではないでしょうか、河出書房新社さん。

と、苦言を呈させていただいた上で、これまでの2冊ほどではありませんでしたが、今回もわりと良い内容だったので、とりあえず第4巻を楽しみに待たせていただきます。



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「ピュア」

 2020-05-09
タイトル作品の評判がものすごくいいことと、表紙を含めた装丁の美しさに惹かれ、小野美由紀の『ピュア』を購入しました。
本作を端的に言うならば、性や愛をテーマにしたSFを5編収録した短編集です。
ちなみに公式の粗筋は、以下の通り。

遠い未来、地球軌道上の人工衛星で暮らす女性たちは、国を守るために子供を産むこと、そのための妊娠を義務付けられていた。ただしそれには、地上に棲む男たちを文字通り「食べる」ことが必要とされる――そんな変わり果てた世界で「普通の」女の子として生きるユミの葛藤を描き、ネット上で旋風を巻き起こした衝撃作のほか、幼馴染みの性的な変身をめぐって揺れ動く青春小説「バースデー」、未曾有の実験により12人の胎児の母となった研究者のドラマ「幻胎」など、性とともに生きる人々の姿を活写する5つの物語。


表題作の「ピュア」はカマキリのメスの生態から発想を得た、つまり、「カマキリみたいに女性が男性を食べる世界になったらどうなるんだろう?」というところから構想を発展させた作品とのこと。
その他の4編も、形やネタは違いながらも、「ピュア」と同様に女性の「性」というものと愛を中心に据えた挑戦的な作品が並んでいます(最後の「エイジ」は「ピュア」に出てきた男性キャラクターの視点からの物語ですが)。

小野美由紀がインタビューに答えて曰く、「子宮であなたの脳を殴りに行く5篇、ままならない性と生に翻弄されながら『生まれ直し』のために奮闘する女性たちの話です。」とのこと。
私は男性なので本作で描かれているものについて、本当の意味での理解や共感はできないのでしょうけれど、それでも描き出されるヒリヒリした感情には息を呑むものがありました。
読み始める前には、偏った女性活動家に誤解されるような内容の話なのかなと思ったりもしていたのですけれど、これはそういうのとは違いますね。
もっと広い視野、もっと広い場所を念頭にした作品だという気がします。

なお、純粋さと美しさと淫靡さが同居している(矛盾しているように感じるかもしれませんけれど、そうとしか言えない装画なのです)素晴らしい表紙は是非手元に置いておくべきなので、電子書籍よりも紙の本を買うことを推奨させていただきます。



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「コロナの時代の僕ら」

 2020-05-07
通常、毎週土曜日にこのブログでは週に1冊のペースで読了本の感想をアップしているのですが、今回は特例的に、もう1冊を紹介したいと思います。
それが、2020年2月末~3月頭にかけてローマ在住の小説家である著者が新聞等に発表したショートエッセイ27本に、あとがきとして同3月20日付の新聞に発表したエッセイを加えた、パオロ・ジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』です。

これは、ちょうどイタリアで新型コロナウイルスの感染が拡大し始め、やがて大規模なロックダウンに至っていく時期に書かれたエッセイであり、本のタイトルが示しているように、その統一されたテーマは新型コロナウイルスになっています。
つまり、日々感染が拡大して状況が厳しくなっていく中、著者が思ったこと、感じたことを率直に綴ったものなわけですね。

素粒子物理学の博士号を持っていて数学にも強い著者なので、そこで書かれている感染症に関する内容はしっかりしたもの。
もちろん、医学や疫学の専門家というわけでは無いので、そういう専門性はこれ等のエッセイには無いのですが、ウイルスの感染者が非線形で指数関数的に感染者が増加するという説明等、分かりやすく事象を説明しているのがこのエッセイ集の優れているところでしょうか。
何より、翻訳モノにありがちな取っ付きにくさの無い読みやすい文章なのがいいですね。
ちょっと長いのですが、本作の(あとがきを除いた)中で私が一番「なる程」と思った文章を引用してみます。

行政は専門家を信頼するが、僕ら市民を信じようとはしない。市民はすぐに興奮するとして、不信感を持っているからだ。専門家にしても市民をろくに信用していないため、いつもあまりに単純な説明し課せず、それが今度は僕らの不信を呼ぶ。僕たちのほうも行政には以前から不信感を抱いており、これはこの先もけっして変わらないだろう。そこで市民は専門家のところに戻ろうとするが、肝心の彼らの意見がはっきりせず頼りない。結局、僕らは何を信じてよいのかわからぬまま、余計にいい加減な行動を取って、またしても信頼を失うことになる。


これはイタリアのことについて語られたものであり日本にそのまま当てはめて考えるのは間違っています。
しかし、では全く関係が無いかといえばそうでもないだろうとも思います。

私に当てはめて考えると、行政に対してはそれなりに信頼していますし、専門家に対しては(エセ専門家ではない本物の専門家に対しては、という注釈を付けさせていただきますが)かなり全面的に信頼をしています。
で、一番信頼していないのはマスコミでしょうか。
パオロ・ジョルダーノの語るイタリアとはかなり違いますね。

これを日本という国全体で考えた場合は、どうなるのでしょうか。
行政への不満という点ではそれなりの人数が感じているのかもしれませんが、日本の政治体制上の制約も多く、また色々と未知のことが多い新型のウイルスであり、かつ、過去に同様の事例があったわけでもない中、満点とは言えないものの、それなりに頑張ってはいるのではないかと私は思っています。
対応のマズかったところ、判断を誤ったところ、遅かったところその他諸々は、今回のコロナウイルス問題がある程度の収束を獲得してから、改めてじっくりと検証し、反省もしなければならないでしょうけれど。

翻訳モノであることもあって、活字量やページ数に比してお値段がやや高めかなという気も若干しないでもないですが、今この時に読むべき価値のある1冊だと思います。



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青空に鯉のぼり

 2020-05-05
コロナ問題、緊急事態宣言の中にある私達は、外出を協力自粛して、どんなに晴天で風も穏やかで温かい「お出かけ日和」であっても、なるべく自宅・自室に引きこもることを心がけるGWを過ごしてきました。
読書にしろ音楽鑑賞にしろ執筆にしろ、インドアでの趣味、やることには事欠かない私でも、さすがにこれだけ閉じこもっているとジリジリしてくるのですから、そうではないようなタイプの人にとっては、非常にキツい日々であることは、想像に難くありません。
けれど、ここが我慢時。
ここで耐え切ることをしないと、日本の感染者数はそれこそヨーロッパやアメリカのように指数関数的に増えて行ってしまい、手は付けられなくなるでしょう。
ならば私達としては、どれだけ退屈でも、じれったくても、ここはじっと「我慢の子」になるだけですよね。
ここで辛抱することで、コロナウイルスの感染拡大がなるべく早く収束して、来年の今日、端午の節句には、この写真のような風景が普通に見られるようになってほしいものだなぁという思いから、今回は、2015年の5月に「本館」の Topページに掲載した写真を、ここに再掲してみました。
同年の4月末に浅草寺で撮影したものです。
こういう景色を心穏やかに見られる日が少しでも早く来るよう、皆で協力して、この難局を乗り越えましょう。



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「ノッキンオン・ロックドドア」 第2巻

 2020-05-02
昨年5月に紹介した作品の続編である、青崎有吾の『ノッキンオン・ロックドドア』第2巻を購入。
今回は、文庫化される前にご紹介できました。

HOW=不可能な謎専門の御殿場倒理。WHYー不可解な謎専門の片無氷雨。密室事件と思いきや壁には巨大な穴が開けられていた。犯人の目的とは?(「穴の開いた密室」)トンネルに入った女子高生が忽然と姿を消した。彼女は一体どこへ?(「消える少女追う少女」)など全6篇収録。俺たちには、まだ解いていない不可能で不可解な謎がある。


というのが公式の粗筋ですが、ちょっと微妙かなと思うエピソードもあったものの、全体としてはまずまず、面白かったです。

しかし、お互い得意とするところが違う2名の探偵による推理モノという構造はいいのですけれども、今回はその、基本設定の妙を生かしたエピソードが無かったかなというのは、気になるところでした。
今回書きおろしの6篇目「ドアの鍵を開けるとき」はシリーズの締めくくりにも使えそうな、1作目から引っ張っていた主人公たちの過去に関するエピソードなのですけれど……
これはこんなところで70ページ弱で書くのではなく、例えばシリーズ3作目を長編か、あるいはせめて長めの中編くらいのボリュームにして、じっくりと、丁寧かつ執拗に書いた方がいいんじゃなかろうかと感じてしまったのも、本作の実に惜しい、残念なところ。
敢えてここでこれを持ってきたのであれば、それはつまりシリーズをこれで終わりにする、全2冊で「ノッキンオン・ロックドドア」は完結するということなのかなと、そんなことを思ったりもしてしまいます。

あと、本作である意味問題となっているのは、作中に登場する主人公たちの恩師である大学教授の存在感、キャラクラターのクセが強すぎて、すっかり主人公たちを喰ってしまっているところでしょう。
もちろんそれも、意図的にやっているのだとは思いますが。
今後彼が前面に出てくるエピソードがあるならともかくとして、今巻のラストで最終エピソードみたいなことをやっておいて、これは……どうなんだろう。
この教授を主人公にした別シリーズの構想があって、今後はそちらに乗り換えるつもりなのかな、青崎有吾。



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…………

 2020-05-01
前回のエントリーで書いたように、選手から今週にかけてはデジタル・スイス5の放送を楽しんだりしていましたが、さすがにバーチャルはあくまでバーチャル。
リアルなレースには叶わないというのは、否めません。
本来ならばこの時期は春のクラシックシーズンで盛り上がるだけ盛り上がって、いよいよジロ・デ・イタリアが始まるなぁという更なる興奮を抱えている時期なのですが……
今年は、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響で、ちょっと、普通ではない状態になっています。

UCI(国際自転車連盟)も、7月まではレースを行わないということを決定してますしね。
今年、これらの伝統のレースがどこかの時期に開催されるかどうかも分かりませんし、私は多分開催されないだろうなと思っています。
なにしろ世界の状況が状況なわけですから、それもやむを得ないですよね。
残念でないと言えば、嘘になりますけど……

これで3月から(主だったものだけでも)幾つのレースが開催が延期もしくは中止になってきたことかと指折り考えてみると、その数の多さには愕然とするばかり。
一応、ツール・ド・フランスは今の予定だと8月29日~9月20日まで、世界選手権が9月20日~27日、その後にジロ・デ・イタリア、ブエルタ・アエスパーニャというスケジュールとすることが、4月15日にUCIから発表されましたが、それも今後の状況次第で更なる変更があるかもしれません。
ワンデイレースは、モニュメントの5レースを最優先で年内に実施(日程未定)ということですが、これもどうなるか分かりませんよね。

2020年シーズン開幕前は、今年は富士山が美しい(と予想される)難関コースの東京オリンピックもあるし、なかなか印象的な1年になるだろうなと思っていたのですが、別の意味で色々と印象に残るシーズンになってしまっています。


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