「ILC/TOHOKU」

 2017-07-01
震災によって被った甚大な被害からの東北地方の復興と科学振興の為に、北上山地の地下への誘致を目指しているという国際リニアコライダー(ILC)。
これは、全長約30キロメートルのトンネル内で電子と陽電子とを衝突させることで、人工的にビッグバン状態を再現して、宇宙の誕生や素粒子の起源について研究をしようという巨大な粒子加速器のことです。

今はまだ実現していない、このILCの建設が成された近未来を舞台にして、小川一水、柴田勝家、野尻抱介という1960年代(野尻)、70年代(小川)、80年代(柴田)生まれの3人のSF作家が作品を書きおろししたというアンソロジー本が、今年の2月末に刊行された 『ILC/TOHOKU』。

今は亡きソノラマ文庫時代に出会ってから、その著作をずっと追いかけている小川一水。
その小川一水がファンだからということで読み始めて、今では、全てとは言わないものの、それなりに著作をそろえた野尻抱介。
最近知って著作を少しずつ読んでいる、デビューして間もない柴田勝家。
そんな、私が好きだったり注目していたりする3人が書いているアンソロジーとは、これってどういうご褒美だろう、という感じです。当然、これを買わないということはあり得ません。

と言いつつ、購入してから数か月は積読で置いておくことにはなったのですが……
それでも、実際に読むのを大いに楽しみにしていた1冊ですから、かなりわくわくしながらページをめくりました。

3作品の中では一番スタンダードなアプローチかな、と思えるのが、野尻抱介の「新しい塔からの眺め」。
科学技術の進歩への信頼、一見したところ私たちの日常生活にはほとんど関係ない、何だったら「益を生まない」と言ってもいいのかもしれない(けれども巨額の費用を要する)研究へのポイティブな視線、そういったものが感じられて、なかなか良かったです。

柴田勝家の「鏡石異譚」は、ILCにおける実験にタイムトラベルネタを絡ませてきた一作。
本作において主人公が体験するタイムトラベルというものが、実際にはどういうことだったのか、というのがミソで、なる程、こう来たか、と楽しく読ませてもらいました。

この本を買うにあたって一番楽しみにしていたのが、小川一水の「陸の奥から申し上げる」。
ILC を建設する為に北上山地の地下で岩盤を掘削している現場で、かつてこの地を支配していた奥州藤原氏の配下、中尊寺金色堂建設の指揮を執ったという物部清国を名乗る老人が現れて、工事の中止を要請してくる、という、他の2作とはちょっと異色な要素のある出だしから始まる物語でした。
今回の3作品の中では、これが一番面白かったです。

三者三様の作品を読むことができますし、それぞれにお勧めできる作家ですので、この 『ILC/TOHOKU』、かなりお得な1冊ではないでしょうか。
値段的にも、そんなに高いわけではない、妥当なものですし、これは良企画ですね。



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