笠原 弘子 「翡翠勾玉」 他

 2017-06-27
笠原弘子は、今年が歌手活動30周年だそうです。
それを記念したベスト盤も発売されているのですが、それは1987年~1998年という、初期の10年ほどの活動を2枚組に収めたというもので、これまでの彼女の30年間を振り返る作品、というようなわけでは、ありませんでした。
まぁ、その辺は、権利関係とか色々と絡んでくるのでしょうし、仕方のないところではあるのでしょうけれど、どうせならば30年のキャリア全てを振り返るようなアルバムでも良かったのではないかな、という気はしてしまいますよね、やはり。

まぁ、それはさておきましょう。
私が笠原弘子のことを知ったのは、確か ゆうきまさみ 経由。
ロボットものが好きだから、という理由で、『機動警察パトレイバー』 のコミックス第1巻を発売とほぼ同時に購入して、そこから前作の 『究極超人あ~る』 に手を出し、さらに同作のイメージアルバムを買ってみた、というような流れだったと思います。
と、いうことは、初めて聴いた彼女の歌は、『あ~る』 の1枚目のイメージアルバムに収録されていた 「わたしのANDROIDくん」 ということになる、のでしょう。
上記のベストアルバムでも、Disc1 の 1曲目 になっている曲ですね。
それから、『パトレイバー』 OVA の主題歌 「未来派Lovers」 辺りを経て、最初に買ったオリジナルアルバムは…… 『L'EXPRESS FANTAISIE』 だったかな?
松宮恭子の作り出す世界観と、笠原弘子の歌声のマッチングが素晴らしくて、これは良いな、と思ったのを覚えています。

それから大学時代に他のアルバムを揃えて、しかしその後、一時は新譜の購入などはしなくなって、30周年の今年に、実に久しぶりにベストアルバムを買うことにしたりなった。
私にとって笠原弘子とは、そういう歌い手です。
好きなタイプの、しかも質のかなり高い音楽だ、という認識を持ちながらも、しばらく離れていたのは、理由はなぜか、と問われると、なかなか答えにくいのですけれども、何となくそんな気分だった、としか言えない、かなぁ。

あ、途中で、TVアニメ 『ロミオの青い空』 の主題歌シングル、『空へ…』 は買ったりしていたから、完全に離れていた、とは言えない、か。

ともあれ、30周年というメモリアルイヤーを契機として、未所有だったアルバムをちょっと買ってみたり、そういう動きをしてみた笠原弘子の歌声は、やはり良いものでした。
以下に、そんな彼女の名曲の中から、3つほどをピックアップして、動画を貼っておきます。
「空へ…」 はライブアレンジで、原曲とはちょっと違いますが、こちらのバージョンも、実に素晴らしいので、お薦めです。













タグ :

「クォンタムデビルサーガ アバタールチューナー」

 2017-06-24
「本館」に先がけた読了本紹介、今回は、今更ながら全5巻をじっくりと読ませてもらった、五代ゆう の 『クォンタムデビルサーガ アバタールチューナー』です。

いや、これは、なかなか素晴らしいものを読ませてもらったと言わなければならないでしょう。
正直、第1巻を読み始める前は、そこまでの期待をしていたわけではなかったりしたのですが、良い形でそれを裏切られたという感じです。

本作の最終第5巻は2011年の10月発売……ということは、今から5年と8ヶ月前に発表されているわけです。
そもそもそれよりも10年も前の2005年1月に、本作の内容を原案とするゲームが発売されているわけで、今さらネタバレを警戒することもないかな、と、いつもよりも少し緩い基準で内容について言及させていただきます。
「神」について語る物語は、この第5巻の比較的冒頭に近いところで、作品中における「神」の正体、作中に出てくるキュヴィエ症候群という奇病を何故「神」が人類にもたらしたのか、というようなことが明らかになります。
そこから物語はさらに大きく動き出し、そしてSF大作と呼ぶにふさわしい最終展開と、穏やかで幸せな終わりを迎えるわけですけれども……
キャラクターそれぞれの言動にも無理はなく、そして、収まるべきところに全てがきちんと収まって、描写不足だったり言及されずに終わってしまったこと等もない、見事に円環を閉じた完結を読ませてくれました。

作者の後書きによると、ゲーム版の企画会議上、アトラスからは、光瀬龍の 『百億の昼と千億の夜』 のような多重世界を扱った物語を考えてほしいという要望があったそう。
それを受けて、同作に思い入れのある作者が紡ぎ出したこの物語は、見事に、『百億の~』 の遺伝子を継ぐものになっているのではないでしょうか。

ただし、不満が無いわけではありません。特に気になったのが、第1部終盤と第3部終盤における、連続する戦闘シーン。
その描写に迫力が無くて駄目だとか、戦闘状況の流れに強引さがあるとか、そういうことではありません。
要は、その戦闘は物語上で本当に必要なのか、とか、ラスボス的な相手が続きすぎだろう、というようなことです。

そういう、ちょっと引っ掛かりを覚えるところもありはしたものの、全体として、人が何故生きるのか、生きるというのはどういうことなのか、ということを突き詰めた、かなりの傑作だと思いました。
まだこの物語を読んだことが無いという人には、SFが苦手でなければ、とか、エグい描写は一切駄目だ、というのでなければ、という条件付きではありますけれど、絶賛、お勧めの作品です。



タグ :

林太郎と修治

 2017-06-21
所要があって三鷹駅の南口の方に行くことがありましたので、せっかくだからとちょっと寄り道をして、駅からまっすぐ連雀通りに向かって歩いた辺りにある、禅林寺に行ってきました。

文学好きならば、「三鷹」の「禅林寺」と聞いて、ぴんと来たかもしれません。
そう、ここの奥の墓地には、日本文学史にその名が燦然と輝く偉大な2人の作家が眠っているのです。

それが、下の写真。
左が、1922年(大正11年)7月9日に亡くなった森鴎外(森林太郎)の墓所。
そして右の写真は、1948年(昭和23年)6月13日に亡くなった、太宰治(津島修治)の墓所になります。

特に、彼の太宰の命日をきっかけにして三鷹に行ったというわけでは無いのですが、まあ、結果的に、そんな感じになってしまいました。
ところで、この2人の墓はちょうど互いが斜め向かいの位置関係になっています。
これは、元々は森鴎外がこちらの墓地に眠っていて、それを知った太宰が、その作品「花吹雪」にてそのことについて書いたのを受けて、玉川上水に入水して亡くなった彼の遺骨を、その一周忌にこちらに葬ったのだとか。
ちょっと、その文章を引用してみましょう。

この寺の裏には、森鴎外の墓がある。(中略)ここの墓地は清潔で、鴎外の文章の片影がある。私の汚い骨も、こんな小奇麗な墓地の片隅に埋められたら、死後の救いがあるかもしれない


この写真にはアングル的に写っていませんが、太宰の奥さまが葬られている津島家の墓石も、太宰の墓の横に平成10年に建立されています。
夫婦仲良く、というわけですね。




タグ :

「古書カフェすみれ屋と本のソムリエ」

 2017-06-17
すっかり積読になっていたものを消化したのが、里見蘭の 『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』。
これは、古書店が併設されたカフェ(つまり、カフェの客は自由に古書店の本をそこで読むことができるという形態の店舗です)を舞台にして、そこに訪れる客が持ち込む「日常の謎」を、古書スペースの担当が差しだす本をきっかけに解き明かしていくというライトミステリーです。

正直、「古書」と「カフェ」とのミクスチャーという、柳の下のドジョウを狙うのも大概にしとけよ、と思ったのは、否定しません。
ウケたものを掛け合わせればそれでOKと思っているだとしたら、戦略的といえば戦略的なのかもしれないけれど、明らかに芸が無くて、編集者も作家もとんだ無能だぞ、とか、そういうことを考えずにはおれない設定です。

当然、私も書店で最初にこの作品を目にした時には、そのように考え、そのままスルーしようとしていました。
しかし、作者が里見蘭だということで、これまでに読んできた作品は悪くなかったなぁ、ということが思い出されたんですよね。
だから、文庫本でそこまで値が高いわけでも無いから、これも一応一読しておこうかな、と、そんなくらいの感じに考えて、購入してみたのです。
まぁ、そこから先、実際に読み始めるまでに、結構な時間がかかってしまってはいるのですが……

ともあれ、ついに読み終えた本作、結論から書きましょう。
類似作品との差別化ができているかといえば、そこは残念ながらイマイチですけれども、読み物としてはしっかりと面白かったです。
よくある定型に嵌め込んで「どうです、いい話でしょう?」と差し出されているような部分もありましたが、ベタなことはあながち悪いことではない、という私の普段からの主義主張からすれば、それも許容範囲内の程度という感じでしょう。
ロマンス要素もちょっと匂わせているのも、私の好みに合うところです。
出版サイドの狙いにまんまと嵌められてしまうようで、ちょっとばかり、不快にならないでもありませんけれど、楽しんで読ませてもらったから、まあいいか。

シリーズの第2巻も今年の3月に出ているので、それも引き続き読むつもりです。



タグ :

ドーフィネは、フグルサング

 2017-06-12
フランス南東部のドーフィネ地方で、毎年この時期に行われる約1週間のステージレース、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネが、全日程を終えました。

今年のドーフィネは全日程を通じて好転に恵まれ、むしろかなり暑そうに感じられたくらいでした。
そんな強い日差しの中で行われたレース。
7月のツール・ド・フランスに向けて調整をすべく、各チームの総合エース候補が出場してきて、コンディショニングの仕上がり具合を確かめる、というのは例年通りの風景だったのですが……

ツールでの総合優勝最右翼と目されているチームスカイのクリストファー・フルームや、そのライバルになるトレック・セガフレードの
アルベルト・コンタドールといった辺りの調子が今一つ上がっていない。ということが何となく感じられた大会となった気がします。
概ね全日程で絶好調ぶりを見せつけたBMCレーシングのリッチー・ポートも、最終日に大失速をしてしまいましたし、何だかこの先が微妙だなという感じです。

で、今大会の総合優勝が誰の手に渡ったか、ということなのですけれど、これは、最終日に1人ずば抜けた逃げを見せた、アスタナのヤコブ・フグルサングでした。

もちろん、ドーフィネで勝てば即ちそれがツールでの勝利を約束するわけではありません。
また、仮にここでコンディションが悪くても、7月になってツールを3週間走っている間にどんどん調子が良くなることもあり得ます。

とはいえ、ドーフィネを制した者がそのままツールをも制することも多いのも事実。
その辺りも含めて、ツール・ド・フランスの開幕が怖くもあり、同時に待ち遠しくもあり、という感じで、こりゃあ何があってもおかしくないかもしれないぞ、とまで考えているのは、近年は無かったことかもしれません。


公式サイトはこちらから

タグ :

聖悠紀 超人ロック生誕50周年展

 2017-06-11
1967年に作者である聖悠紀が、同人グループである作画グループの肉筆回覧同人誌にその第1作『ニムバスと負の世界』を発表。
それから月日が流れて、途中に中断期間を含みながらも、未だに少年画報社の 『ヤングキングOURS』 と KADOKAWA の 『コミックフラッパー』 という、出版社の違う2つの雑誌でシリーズの連載が継続中である、SFマンガの名作 『超人ロック』。

これまでにも何度かこの「別館」にも書いてきましたが、今年はつまり、その 『超人ロック』 がこの世に生まれてから、50周年というメモリアルイヤーになるわけです。
知る人ぞ知る、というようなポジションにあるのかなと思われる本作ですが、その影響を受けた人はマンガ家、小説家、アニメ関係者などなどは何人もいて、多くのファンを得ている作者のライフワークです。

50周年に際しては、少年画報社がトリビュート短編を連載したり、水道橋駅ホームにポスターを貼りだしたりと、色々と活発に動いているのですが……
そんな流れの中、昨日、6月9日、ファンの間では「ロックの日」と呼ばれているその日から約3ヶ月半の会期で、東京はお茶の水の明治大学米沢嘉博記念図書館において、「聖悠紀 超人ロック 生誕50周年展」 が開催され始めました。
公共の図書館とか博物館・美術館ではないのもあって、毎週火曜日~木曜日が休館日という、ちょっと変則的な施設ですけれども、もともとサラリーマンなこちらとしては週末に行くくらいしかできないわけで、そこは問題なし。
会期中、展示内容は3回入れ替えが行われるそうなのですが、とりあえずはその最初のモノを、ということで、開催直後の週末に、行ってきました、千代田区猿楽町。

いやぁ、眼福、眼福。

ファンでは無い人には、あまり興味の無い展示でしょうけれども、もう随分と長いこと 『超人ロック』 を読んできている私には、実に嬉しい企画でした。
もしも、ちょっと興味があるよという人で、お茶の水や神保町、水道橋辺りに用事があって、時間に余裕があるのであれば、是非、一度、ぶらりと寄ってみて下さい。



公式サイトはこちらから

タグ :

「王の心 再臨飛翔の書」

 2017-06-10
富野由悠季の書いた「王の心」3部作の最終巻が、今回紹介する『王の心 再臨飛翔の書』。
カロッダの大地が人々のアウラ・エナジィの力で天空を目指して浮上し、宇宙を旅することを目指す様を描いた本作は、グラン王の一族が織り成す、血と策謀と死と性とに塗れた物語です。

地球から浮き上がって宇宙を目指す大地(≠舟)とオーガニックなエナジィという設定は、おそらくではありますが、『機動戦士Vガンダム』以後、精神的に少し病んで本作を執筆していた富野監督の、復帰作品であった『ブレンパワード』の原型となったのではないか、とも思えますね。
「アウラ・エナジィ」というのはつまり「オーラパワー」ですから、その辺は一連の「バイストン・ウェル」サーガにも連なる部分が無きにしも非ずですし、砂漠のように荒れた大地と空に浮かぶ島、という設定からは、同じく富野監督のオリジナル小説である『シーマ・シーマ』全3巻も思い出します。

ただし、これは別に、それぞれの話に歴史的な繋がりがあるとか、登場人物や物語がどこかで共有化されているとか、そういうことは意味していません。
あくまで、富野由悠季という1人のクリエイターの頭の中、アイディアやイメージの変遷というか、どういうことを考えているのか、ということが窺えて面白い、ということです。

一番悪い時には、自宅から出ることもできないくらいの鬱状態にあった富野監督。
そのメンタルをそのまま作品に封入するということは、さすがに彼もしていないのですが、とはいえ、書き手の精神状態から作品が完全に解き放たれるべくもなく、本作のそこかしこには、その鬱の気配が濃厚に漂っていて、それが個性というか、富野作品の中でも少々独特の空気を感じさせるものにもなっています。

描かれているのは人が生きるということ、その過程で生じる愚かしさや悲しさ、優しさ、美しさ、哀しさ、悪しき様や善き様、つまりは「業」とでもいうべきものであり、しかしそれを越えてみせれば生命は希望に至ることができるかもしれないということです。
それは富野由悠季の常なるテーマですが、それが特に際立ったいる、極みにあるのが、『王の心』という作品なのかもしれません。
その分、観念を文章で弄んでいる感があって、エンターテインメントになれずにいる部分もあるのですが、「文学」というものに憧れを抱いている富野監督にとっては、文筆業のところでこういう作品を描けたというのは、結構な達成感もあったのだろうなというのは、想像に難くありません。

多くの死を呑み込んでフローランドし、宇宙を往く船となった、未来のカロッダの地でのとあるシーンが語られるエピローグも、歴史になる、というのはこういうことだよな、と感じさせられて、しみじみとさせられました。
なるべく精神的にも肉低的にも元気な時に読むこと、という条件付きで、富野小説のキモの部分を濃厚に味わえるものとして、興味をちょっとでも覚えてもらった人には、是非ご一読をと、お勧めできる作品なのですが……。

何せ、平成8年の出版から既に20年以上が経過していますし、メジャーな作品でも無いので、モノは既に絶版。
今からだと、入手することも難しいかもしれません。

そういうものをここで採り上げるというのも酷い話かもしれませんが……非常に刺激的に、面白く読ませてもらったので、そういうところはこの際目をつぶって、紹介させていただきました。



タグ :

2017年6月9日は……

 2017-06-09
50回目の、「ロックの日」です。

とりあえず、多くは語りません。
生誕50周年、おめでとうございます!



タグ :

「メッセージ」

 2017-06-06
テッド・チャンの原作は、あんまり評判がいいもので却ってまだ読んでいないという、私の天邪鬼的な性格が出ている状態なわけですけれども、せめて映画くらいは観てみようかな、と思い、新宿でのTOHOシネマズで 『メッセージ』 を鑑賞してきました。
実は、色々と毎週末忙しかったりするので、あまり観に行くつもりは無かった、むしろ睡眠時間を確保したかったくらいなところがあったのですが、でも、まぁ、これは観ておいた方がいいんだろうな、と。
ちょっとストレスを溜め込んでしまうことがあったので、その発散というか、気晴らしというニュアンスもあります。
この 『メッセージ』 がストレス解消に向いた映画かどうか、は、ともかくとして。

ジャンル分けをするならば、この 『メッセージ』 は、いわゆるファーストコンタクトもののSF映画ということになるのでしょう。
とはいえ、基本的にはどんなジャンルであろうとも、それで面白さが左右されるわけではありません。
そこはあくまでも目安の1つと考えるべきでしょう。
つまり、肝心なのは、自分がその手の映画を好きか、嫌いか、です。

その基準だと、こういうSFテーマは私にとって好物の1つなので、つまり 『メッセージ』 は私向きの作品かもしれないと言えましょう。

そんな風に考えて観てみた 『メッセージ』 は、事前に聴いていた通りに地味ではありました。
それは、こういうファーストコンタクトものであれば、むしろ当たり前とも考えられるでしょうし、じんわりとくる面白さもあって良かったと思います。
一般受けと興行収入、ということを考えたならば、もっと分かりやすく視覚的なクライシスがあってもよさそうなものではありますけれども、それを選択していないというのも、好印象です。
最初に書いたように原作は未読なので、相違点の比較などはできないのですが……
なる程、色々な人が褒めているわけですね。

ちなみに、下のポスターの画像をクリックすると、例のコラボレーションが別画面で表示されます。
……こういう冗談、やろうとする方も、それを受け入れる方も、何だかいい感じですよね。



公式サイトはこちらから
タグ :

ハンマーシリーズ スポ-トゾーン・リンドルフ

 2017-06-05
自転車ロードレースの世界を管轄している団体は、UCI(Union Cycliste Internationale)です。
が、ここはそこまで全面的な権限を有しているわけではなく、実際にはツール・ド・フランスの主催者団体のASOやその他の団体と、権利関係やレース運営に関するあれこれを巡って、色々な駆け引きがこれまでもずっと行われ続けています。

そしてそして一方では、競技者である各チームの側も、運営費がスポンサー頼みであることから経済状況その他で急な撤退劇なども多く、安定したチーム運営が叶わないという現実もあります。
それ等を少しでも改善すべく、ツールを始めとするビッグレースの莫大な放映権料収入をチームや選手に還元するよう、チームサイドからは ASO や UCI への働きかけも行われているのですが……
その辺りの解決のめども、立っていないというのが、つまりこの競技を巡る一番大きな問題かもしれません。

それに対する大きなアクションが、今年発生。

そう、プロツアーチームを中心とする出資により設立された、ヴェロン社主催の新たなるレースイベント、ハンマーシリーズの第一戦目が、オランダを舞台に、2日から4日にかけての3日間で行われたのです。

TVでの放映や観客の利便性なども考慮され、従来のロードレースとはちょっと違うシステムで2時間程度で終わる短いレースを3種類行い、その総合的な結果で優勝チームを決めるというのが、このハンマーシリーズ。
今回の「スポートゾーン・リンドルフ」については、J-Sports が初戦の平坦ポイントレース、第2戦の山岳ポイントレース、それを受けての最終日のチームタイムトライアルの全てを中継放送。
ただし、この最終日のチームTTは、いつも私たちが見慣れているチームTTと違い、前日までの2戦の順位を受けて与えられたタイム差に従って、各チームが順次走り出し、追いつ追われつの闘いを繰り広げて、どのチームが最初にゴールラインを切るかを競い合う、というルール。
私としても初めて見る形式のレースですから、果たしてどんなものだろうと思っていたのですけれども、これが、かなり熱くて面白い。
プロフェッショナルのプロフェッショナルな走りをしっかり堪能することができるという意味でも、これはなかなかに興味深くて良い大会でした。
普段のロードとは違うルールがあることで、選手達の走りもまた、いつもとは違っていて、そこも大きな見どころになっていましたしね。


それが人気スポーツであればあるだけ、そこに所属している各チームの側と管理運営している競技団体との間には、とかく利益の分配を巡って衝突が起きるものですが、自転車ロードレースのこの問題が今後、どのような動きでどのような方向に進むのか、上手い着地点を見つけてほしいなと思います。
こちらとしては、推移を見守るしかないわけで、この辺りはもどかしく辛いところですね。




<公式サイトはこちらから>
タグ :

ドーフィネが始まります

 2017-06-04
自転車ロードレースの年間スケジュールの中で、知名度や規模などだけを考えても間違いなく一番大きな大会であると言えるのが、ツール・ド・フランス。

当然ですが、ここで活躍しようと思っている選手は、いきなり何の準備も無しに挑みはしません。
本番に向けた厳しいトレーニングはもちろんのこと、レース勘を損なわぬようツールに向けた調整レースを、エース格の選手などはそれこそシーズンの始めからしっかりしたスケジューリングの元に走ってきています。

そんな調整レースの中で、本番直前に出場する最後の仕上げとして有名なものの1つが、6月4日から11日にかけて、フランスの南東部で開催される約1週間のステージレース、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ。

今年もこのレースは J-Sports が毎ステージ中継放送してくれることになっていますので、当然、私もそれをしっかりと観戦する予定です。
ここでの成績がそのまま即ちツールの成績、というわけではもちろんありません。
しかしながら、それぞれのコンディショニングの仕上がり具合などなど、本番であるツールがどうなるかを占う要素は色々とあります。
ですので、今年はどんな選手が、どんな走りを見せるか、やはり楽しみになる気持ちは止められません。

何かと抱えている仕事その他も多いので観戦に専念できないのは辛いのですが……
まあ、それは仕方がないところですよね。
社会人っていうのは、そういうものですから。


公式サイトはこちらから

タグ :

「裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル」

 2017-06-03
異世界モノのラノベ的なタイトルであることに加え、それっぽい表紙の装丁にもなっている、宮澤伊織の『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』。
私が定期的にチェックしている作家だったり書評ブログだったりで、かなり絶賛されていたこともあり、いかにも興味深い感じだったので、これは是非とも読まねばならないと思って購入していたものです。

端的にこの作品をジャンルで表現するならば、多くの書評サイトなどで言われているように、「怪談SF」ということになるのでしょう。
もう少し具体的に書くなら、お化け、妖怪、都市伝説といった怪談を題材に、そこに科学的な要素、考証を加えてSFとしてまとめた作品、ということです。

もちろん、実際に妖怪の存在が科学的に証明されているわけではないので、あくまで思考実験というか、「これこれこういう解釈をすれば、ある程度科学的に根拠づけられる」というような感じなのですが。
それを、どういう理論でやってくるのか面白がりつつ読むのも、この手のSF作品の楽しさの1つだというのは、敢えて言うまでもない、でしょう。

ちなみに、ここで扱われている怪談は、例えば江戸時代もしくはその前から伝えられてきているような伝統的なものでは無くて、ネット時代に語られだした、いわゆる実話怪談・ネットロアになってます。
「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」等、生理的にゾワッと来るような、そういうものが本作には採り上げられているのですが、それがどのように料理されているのかは、読んでのお楽しみということで、ネタバレはしません。
前述のSF的な設定は、なる程ね、という感じで、「これは、やられた」と思わず膝を打つようなことこそなかったのですが、結構、面白く読ませてもらいました。

未解決のこともあるので続編も出そうと思えば出せそうですけれど、その辺は、作者や担当編集はどう考えているのでしょうか。
評判に違わずなかなか良い作品だったので、2巻を出せる材料があるのであれば、それも読んでみたいと思うのですけれど。

ちょっとお薦めの1作です。



タグ :

「藤田和日郎本」

 2017-06-01
世の中にムック本というのは、結構多くの数が出ています。
そのジャンルも様々ならボリューム(ページ数)も様々、そして内容の傾向も様々ですよね。
その中でも、私が買うのは大体、マンガ、エンターテインメント系の小説、あるいは好きなミュージシャンに関するもの。

最後の音楽関連のものはとりあえず今回は置いておくとして……
マンガや小説に関するムック本は、特定の作品を採り上げてキャラクター紹介やエピソード紹介等を中心にした、いわゆるファンブック的なものもあれば、評論家の寄稿等を中心に作品論や作家論を中心にした硬派に攻めたものもあります。

そのどちらも、それぞれの面白さがあって良いのですが、硬派な方は時に読みづらさもあったりするのが難点です。
作家論、作品論を語る時に、とかく難しい用語や表現を使うのは、例えばそれを学術的にも通用するようなものにしようとすればそうもなろうなという風に思えますし、そこまでを考えていなくても、普段書いているものの手クセというか、作品や作家について何か書こうとしたら普通にそうなってしまう、ということもありそうなこと。
まぁ、そういった本格的な評論の載っているようなムック本というのは、もともとそういうものを扱う評論雑誌を出しているような出版社の、その評論雑誌の別冊扱いのものだったりするわけですが。
他方、ファンブック的なものというのは、そもそもその作品を出版している出版社が出すことが多く、イラスト等も豊富で、時に書下ろし短編なども掲載されることも。

そんな、ファンブック系のものと、評論系のもの、その両者の中間に位置するようなムック本を、新たに小学館の少年サンデー編集部が、出し始めました。
作品紹介と評論、作者インタビューゲストの寄稿等からなる、その企画の第1弾が、『うしおととら』 や 『からくりサーカス』、『月光条例』、『黒博物館 ゴースト アンド レディー』 等の傑作を描いてきた、藤田和日郎。
そのデビュー直後から藤田ファンである私としては、これは買わずにはいられません。
で、1ページずつ丁寧に読んでいったのですが、これ、いいですね。
ムック本の中でも、なかなかのハイレベル……って、何だか偉そうですけれども、実に楽しく、面白く読ませてもらいました。

このシリーズは、ちょっと注目すべきかも。



タグ :
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫