「ひるね姫 ~知らないワタシの物語~」

 2017-03-21
高校時代からの、一番仲の良い友人と、神山健治監督の、オリジナルとして初めての劇場作品という 『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』 を観てきました。
誘ったのは私の方で、仕事の年間最繁忙期も何とか切り抜けて、4月からは新しい展開も色々と控えている中での、貴重な息抜きとしてこいつを観てみたいなと、そしてどうせならば友人と久しぶりの話もしたいなと、そんなことを思ったのです。

前置きはそれくらいにして、本題に入りましょう。
まず、全体的な感想を簡潔に述べさせていただくならば、「良い映画ではあるんだけど……」という感じに尽きます。
そこにある物語の本筋をすんなりと語ってしまえば結構地味なものを、夢の世界と現実とを交錯させて描くことで、アニメーション的見せ場を持たせると同時に深みを増そうというのは、なかなかチャレンジ感あふれる手法で良かったですし、テーマも私好みだったのですが、現実と夢の世界との入れ子構造の見せ方と、序盤のテンポの悪さが、どうしても気になってしまって、仕方が無かった、というところ。
一方で、プラス評価の点を挙げるならば、作画もキャラの動きも良かったですし、主題歌に 「デイ・ドリーム・ビリーバー」(THE MONKEYS の原曲ではなくて、ザ・タイマーズがカバーした、忌野清志郎による歌詞の日本語版の方) を選んだのも、物語の内容と歌詞がリンクしていて、実に良かったです。高畑充希の歌も、実に上手いですしね。
それだけに、もう1つ、何かが足りない、もうちょっと練り込みがあれば、というようなことを感じずにおれなかったのが、非常に残念でした。

最後、ハーツがどうしてあそこに現れたのか。
「自宅」の設定の故なのか、あるいは、魔法により心を得たのか、それは語られていませんが、まぁ、その辺は、観た人それぞれが自由に想像してほしいということなのでしょう。
エンドロールの映像と、そこに流れる「デイ・ドリーム・ビリーバー」が最高だったので、それだけで全てがOKだと思いたくなったりもした、そんな、魅力溢れる、けれども私にはどこか微妙な、そんな作品でした。

この歌詞を、別れた恋人にあてたものだという人が多い中、私は個人的には、「別れ」は「別れ」でも、これは死別した恋人……というか、少なくとも結婚生活が10年以上に及んだ妻を亡くして、さらにそこから数年以上が経過した夫が、かつての妻との生活の思い出を振り返っている歌だ、というように思っていました。
だから、忌野清志郎が歌詞を書くにあたって念頭にあったのが、その頃に亡くなった育ての母と、彼が3歳の時に亡くなっていて一切記憶に残っていない実の母のことだということを知った時には、ものすごく納得してしまった、というのは、『ひるね姫』 の感想としては蛇足もいいところの、あまり関係のない話ではあるのですけれども、上述のように、この歌詞が、この映画の内容ともかなりリンクしているということもあるので、ここに掲載させてもらいます。

普段、映画の紹介をする時には、その作品の予告編の動画を貼るようにしているのですが、今回は、そんなわけで、映画の映像を使った 「デイ・ドリーム・ビリーバー」 のPVを貼らせていただきます。
ご堪能ください。



公式サイトは こちら から

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