「ニルヤの島」

 2017-05-27
以前に読んだ 『クロニスタ 戦争人類学者』 がかなり面白かったので、文庫化もされているデビュー作も読んでみようかと、実在の戦国武将の名をペンネームにした柴田勝家の 『ニルヤの島』 を購入。

個人の人生の全てをログとして記録し再生できる生体受像(ビオヴィス)の発明により、自分という存在が世界から永遠に失われてしまう死というものに対する恐怖が薄れていき、その結果、死後の世界という概念が否定されることになった未来世界。
円環状の大環橋(グレートサーカム)で繋がれた太平洋の諸島国家であるミクロネシア経済連合体(ECM)を訪れた文化人類学者イリアス・ノヴァクは、現地ガイドとして雇用した日系の若者ヒロヤ・オバックの祖父である、死出の船を作る老人と出会います。
バチカンの法王さえも天国の存在を否定した時代において、死した後に人は「ニルヤの島」に行くと訴える「世界最後の宗教」統集派(モデカイト)が勢力を拡大しつつあるECMで、人の生と死、そしてその魂を導く実験とは、いかなるものなのか。
というような話なのですが……

改めてこの紹介文を書く為にストーリーラインを頭の中で整理してみると、わりとシンプルな物語であることに気が付きます。
しかし、実際読んでいる時には色々な要素が錯綜する複雑な話だと感じていたのは、おそらく、前述のノヴァクの他にもスウェーデン人の女性脳科学者ヨハンア・マルムクヴィストが主役となるもの他、全部で4つのエピソードが並行的かつ複層的に、そして時間軸を前後したりしながら綴られるという構造を、本作が持っているから。
もちろん、そうなっているのにはストーリー的な意味でも作品のテーマ的な意味でも必然があるのですけれど、それ故に一読状態では取っ付きにくい、ちょっと難しい物語に感じられてしまったのは、確かなことでしょう。

先に読んだ 『クロニスタ~』 での「自己相」という設定もそうでしたし、人の記憶や意識の外部へのバックアップ、もしくは共有化というのは、柴田勝家という作家が目下追いかけている大きな軸となくテーマなのかもしれませんね。
彼が大学院で研究しているという文化人類学的な要素は、本作では 『クロニスタ~』 より更に色濃くて、それが本作に独特の雰囲気をもたらしています。

ちなみにこの 『ニルヤの島』 は、2014年の第2回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しており、その際には審査員にかなりの絶賛を受けたそうなのですが、それもなる程なと納得できる、そんな力作でした。



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「横浜駅SF」

 2017-05-20
大胆なタイトルが書店で思い切り目を惹いたのが、柞刈湯葉の 『横浜駅SF』。

今でも結構目立つような陳列がされていますが、発売当時、所要があったので立ち寄った横浜駅前の有隣堂では、壁を埋め尽くすようにポスターが貼られていましたし、本書が表紙を向けて平台と壁にズラリと並んでいたものです。
地元プッシュというのが多少あるとしても、作品そのものが面白くなければ、書店員もそこまでのことはやりませんよね。

私にとって横浜駅というのは一時期、数年にわたって日常的に利用していたことがあり、その意味で、個人的にかなり親しみがある駅です。
日本初の鉄道が品川から横浜の間に敷設されたのは1872年のことなのですが、その当時の横浜駅は現在の桜木町駅であり、その後、1915年に高島町駅のところに移転、更に現在地に移動したのは1928年になってから。
それ以来現在に至るまで、常にそのどこかしらで何らかの工事が行われ続けている為に、「日本のサグラダ・ファミリア」だとも称される横浜。
1ヶ所の工事が終わる頃には、別の場所で新しい工事が始まるという繰り返しが続いている為に、もしかしたら永遠に建設中なのではないかとすら思えてしまう。
それこそが横浜駅のアイデンティティーであり、むしろ完成しないことこそが完成形ではないか、というような声まで聞こえてくるくらいです。

その駅名を大胆と題名にいただいた小説で、それも「SF」と堂々と名乗っているのですから、読まずに済ませるという選択肢は無かろうと、書店でこれを発見した時には思ったものです。

工事中であることが完成形である「横浜駅」の姿。
時代の要請に応えて絶えずその姿を変化させていく有様というのは、生物、例えば人間が、酸素や栄養を外部から摂取し、老廃物その他のモノを外部に排出して、常に構成要素の入れ替わりを続けるという流動的な状態を維持することで生きているのと、同じことだと言ってしまえるのではないか。
そんな発想から、まるで生き物が成長するように自己増殖を続けて行く横浜駅の姿を描いた本作。
なかなか刺激的で面白い小説となっていました。



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水道橋駅のロック

 2017-05-16
所要で行ったJR水道橋駅のホームにて、下の広告を発見。

以前にもこのブログに書いたことがありますが、今年は聖悠紀 『超人ロック』 シリーズの生誕50周年というメモリアルイヤー。
同作品と非常に関係の深い少年画報社も、それを記念してかなり力が入っていて、雑誌 『ヤングキングアワーズ』 に「超人ロック トリビュート」と称して、錚々たるマンガ家達の描いた「超人ロック」の読み切りを掲載したりしています。

それが、来月の6月9日に、コミックスにまとまるようです。
また、現在同作を連載中の同誌の姉妹誌である 『ヤングキングアワーズGH』 に掲載された読切外伝も、同日、コミック化されるとのこと。

いやぁ、これは、非常に嬉しいですね!

ちなみに、何で水道橋駅なのか、ということの答えは簡単で、それは 少年画報社 の最寄駅がここだから、でしょう。
乗降客も多い(何しろ、東京ドームの最寄駅でもありますから)ので、こういった大型ポスターを貼りだすのは結構な料金がかかるのではないかなぁと、ちょっと ㈱ジェイアール東日本企画 のホームページを調べてみたら……
おぉ、意外とリーズナブル。
天下のJR東日本だからか、あんまりご無体な価格設定は、していないんですね。

ともあれ、半月後のコミックス発売が、楽しみです。



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「ビッグデータ・コネクト」

 2017-05-13
これまでに読んできた3作品の完成度と読了後の満足感から、かなりの期待を持って読み始めた、藤井太洋の 『ビッグデータ・コネクト』。
タイトルで何となく分かるでしょうが、マーケティングの分野で何かと取りざたされる「ビッグデータ」が今回の題材。
裏表紙の内容紹介を引用させていただくと、「京都府警サイバー犯罪対策課の万田は、ITエンジニア誘拐事件の捜査を命じられた。協力者として現れたのは冤罪で汚名を着せられたハッカー、武岱。二人の操作は進歩的試聴の主導するプロジェクトの闇へと……。行政サービスの民間委託計劃の陰に何が?ITを知り尽くした著者が描くビッグデータの危機。新時代の警察小説。」 となっています。
ここにもはっきりと書かれているように、これはあくまで警察小説と言うべき作品で、SF感は今までで一番薄い……というより、ほとんどありません。

ビッグデータの利用というのは、プライバシーの侵害と密接にかかわってくる問題ですよね。
ネットでの買い物や実店舗でのクレジットカードの購入履歴、カード番号に暗証番号、Suica 等の利用状況から導き出される生活圏や移動範囲の情報、住基カードやマイナンバーから分かる住所や本籍地、その他諸々のビッグデータがあれば、その人のことがデータ的に丸裸にできるわけです。

だからこそ、その管理と収集・利用には慎重の上にも慎重を重ねなければならないのですが……
実際の世の中がどうなっているかというと、故意のものもそうでないものも含め、データ流出のニュースが絶えることなく発生しているというのが現実。
そんなわけで、官主導・民主導を問わず、ビッグデータの収集には懐疑的であり、できればその対象に含められるのは御免こうむりたいと思っているのが、私という人間です。

だからこそ余計に、「ビッグデータ」が「コネクト」される状況を題材にした本作は、非常に興味深く、関心をもって読ませてもらったのですが、いや、これは面白い。

そして、本作を読んでいて強烈に印象に残るのが、システム開発事業にみられる、中抜きに次ぐ中抜きと、何次請けかカウントするのも馬鹿らしくなるくらいの下請けばかりが薄利な上に持ち出しばかりで苦労する、あまりといえばあまりにブラックな労働環境への糾弾。
作者は過去に実際にITエンジニアとして働いていたことがあるらしいのですが、だから、この一連の描写にこれだけのリアリティーがある、わけか。
あくまでフィクションであって、実際にはこんなことは無いんですよ、と言うことができればいいのですが、実際は、同様のことが今も現実にそこかしこで行われているというのが本当のところなんでしょうね、おそらく。

これは、自分の子供には間違ってもITエンジニアだけにはなるなよ、と言いたくなるレベルの話です。
幸いにも(?)、私は子供どころか結婚すらしていないので、その心配はしなくて済むわけですけれど。



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「青い海の宇宙港 秋冬篇」

 2017-05-06
雑誌『SFマガジン』に2015年から2016年にかけて連載された作品が、2冊のわかれて単行本化された、その後編が、川端裕人の『青い海の宇宙港 秋冬篇』です。

限りなく種子島な南の島、多根島を舞台に、「宇宙遊学生」の参加メンバーである少年2人と少女1人、そしてと地元の少女1人を加えた宇宙探検隊の活躍を描く本作。
前編は、面白いことは面白いものの、今一つ盛り上がれないなとも感じていたのですが、さすがは川端裕人と言うべきか、この後編は、一転、大いなる盛り上がりを読ませてくれました。

もともと、多くの人が協力してロケットの打ち上げを成功させる、というタイプの物語に私は弱くて、同じ川端裕人のデビュー作である 『夏のロケット』 (文藝春秋 文春文庫)も大好きな作品でした。
その流れで、本作にもかなり期待していたので、この後編の面白さは非常に嬉しい。

ちなみに、その 『夏のロケット』 と本作は同じ世界、同じ時間軸にある物語ということになっています。
とはいえ、本作を読むにあたって、特に 『夏のロケット』 を読んでおかなければ分からないようなことはありませんので、そこはご安心を。
まぁ、そちらも非常に面白いので、未読の方はこれをいい機会として是非、手に取ってみていただきたいところでは、ありますが。

さて、『青い海の宇宙港 秋冬篇』 です。
本作の物語が、小学生達が(大人の協力を得つつ)本格的なロケットを打ち上げるというものになっているのには、いくら既存の古い技術を使っていて新規開発をする必要が無いからといって、さすがにそれは不可能で、無理があり過ぎるだろうという意見もあるでしょう。

が、その辺については本作で描かれているような条件が揃えば不可能ではない、というような技術的な裏付けなどもしっかりとされているようですし、物語が面白くて作品内で破綻や綻びなく整合性が取れているのであれば、そこをあまり突いても野暮なのではないでしょうか。
もちろん世の中には、それでも細かい粗が気になって仕方が無くなるような作品も存在するのも確かなことですが、この 『青い海の宇宙港』 については問題は無いだろうと私は考えます。
これは、できるだけピュアな気持ちになって読むべき物語、できれば現役の小学生……にはちょっと難しいかもしれませんけれども、せめて中学生に読んでほしいような、そんな物語です。



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