「血と霧2 無名の英雄」

 2017-07-22
多崎礼が、以前から一度書きたいと思っていたという、ハードボイルドな作品。
満を持してそこにチャレンジした作品の後編にあたるのが、今回、「本館」に先がけた読了本紹介に選んだ、『血と霧2 無名の英雄』です。

端的に言って、非常に面白く、優秀なエンターテインメントでもある作品でした。
が、ここでその内容について何か書いてしまうと、この作品をこれから読もうという人にとって興醒め極まりないことになってしまいそうなので今回は避けておきます。

一言でコメントするならば、これは、最後までハードボイルドであったと同時に、深く一途な愛の物語であったと言えるでしょう。
この、決してハッピーエンドとは言えない終わり方をどう受け止めるかは、読者それぞれによるところではありますが、私としては大いに満足のいく内容だったと言えます。
それに、ハードボイルドに攻めるのであれば、むしろ当然こうなるべきだとも思うのです。
なるべくしてなる、というか、このテーマでこういう展開であれば、これしかない、という感じ。

全6話で構成されている物語は、もっと丁寧かつ細かく描いて行こうと思えば、それはそれでできたのでしょう。
けれども、むしろ、必要なことのみを絞って描いてこのボリュームに抑えたことで、ハードボイルド的なストイックさが増したようにも思えます。
それは、本作の場合にはむしろプラスに働くことですよね。

ちなみに、そんな本作は読者にもかなりウケが良かったようで、(元々の部数がそれほど多くなかったということもあるかもしれませんけれど)結構順調に重版もされたようです。
ずっと作品を追いかけている好きな作家だけに、新たな出版社、新たなレーベルでの仕事で、新たな読者も開拓できていればなと思うのですが、さて、どうなっていますでしょうか。
重版こそがその証である、ということなら、何より嬉しいですけれど。

ともあれ、早川書房的にもこのセールスは満足の行くものであったというのは、おそらく間違いないでしょう。
となれば、全3部作として構想されているという本作の第2部、第3部の刊行も大いに期待されるところになります。
まぁ、一度に一作品にしか手を付けれないという多崎礼が、今は別の作品を書いている途中ですので、第2部が出るとしても、そちらが終わってからになるのは、ほぼ確実ですが。

その場合、 それまで早川書房と読者が待っていてくれるか、例えば1年後、2年後に第2部が出ることになったとして、それでも読者がついてきてくれるのか、どれがちょっと心配にもなりますけれど、ここは、なるようになる、と思うしかありませんね。





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「彼女の色に届くまで」

 2017-07-15
似鳥鶏の 『彼女の色に届くまで』 は、画家を目指す画廊の息子である高校生の主人公の緑川礼と、ふとしたきっかけで彼と知り合った、無口で謎めいたところのある、そして絵が物凄く上手い同学年の少女、千坂桜とが、絵画に関連して起こる様々な事件を解いていくというミステリー。

こういう作品の常として、個々のエピソードそれぞれで特定の絵画が取り上げられていきます。
そんな中で、本作がちょっと他と違うところは、その絵画そのものに関して何らかの事件が起きる、あるいはその絵画に絡む謎が解き明かされる、というのではなく、作中に登場する架空の画家の架空の作品について起きる事件について、探偵役である千坂が世界的な名画をヒントにして、事件の謎を解く、というところでしょう。

そう言われても、それがどういうことなのか分からない、という人もいらっしゃるかと思いますが……
これは、実際に本作を読んでいただく以外の方法で、ネタバレを防ぎつつ説明するというのが、なかなか難しいなぁ。
初読時に感じる、「ああ、なる程、そういうことか」という驚きを削いでしまってもいいのであれば、書きようもあるのですが、その辺り、私の力不足で、すいません。

なお、作中で登場した名作絵画については、サイズは小さいものの、巻末にカラー印刷で図版が載っているというのは、新設設計でいいですね。
ちなみに、その中に1枚だけ作者名がないのがあるので、これはどういうことだろうと思って調べてみたら、これは実際、作者が不詳ということらしいです。

また、もう1つの本作の特徴として挙げられるのは、作中での経過時間の長さでしょう。
高校生活から始まるミステリーといのは、とかく、短い高校生活3年間の間に、主人公の周辺で立て続けに事件が起きるという不自然さが付き物だったりするわけです。
そこが、本作の場合は全部で5つあるエピソードについて、1つが終わって次に進むたびに、しっかりと時間が経過しているので、主人公達が高校時代、大学、そして社会人になるまでを描く作品となっているのです。

ボーイ・ミーツ・ガールな恋愛モノとしてはどうかというと、それだけの時間が作中で流れるわけですから、その辺も、なかなかもどかしい関係ながらも、しっかりと描かれています。
この手の作品は人気が出た場合にシリーズ化する、というのも考えられて書かれたりすることもあると思いますけれど、本作の場合、最終第5話で色々なことにかなりきっちりと区切りがつけられており、ここから更に続きを書く、というのが、ちょっと想像しにくい感じになっています。
主に「ラブ」な部分で不満が残る、という人もいるでしょうけど、これは読者それぞれが好きに想像していけばいいんじゃないかな、というのが、私の感想。
最後に明かされる真実も、そう来たか、という感じで楽しませてもらいましたし、これは、結構なお勧め作品です。



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「魔導の福音」

 2017-07-08
今回、「本館」に先がけて紹介する読了本として選んだ 佐藤さくら の 『魔導の福音』 は、以前に紹介した 『魔導の系譜』 に続く「真理の織り手」シリーズの第2作。
物語の舞台となる国家と主人公は第1作からは変わっているのですが、時代は同じで、後半には前作の主人公も登場してくる、という作りになっています。

ライトなファンタジー、異世界モノ等が主流となっている現況の中で、かなり骨太でシリアスな物語を展開した前作。
これはその続巻となるシリーズ2冊目ということで、どんなストーリーを提示してくるかと、ちょっと構えて読み始めたのですけれども、今回は、前半部分において、地方の小領主の息子が都で学ぶ中で新たな友人等と出会い青春を謳歌するというような学園モノ的なテイストもあったからでしょうか、かなり読みやすかったです。
それなりの厚みと、1ページ当たりぎっしりと活字が詰まっている文庫であるにも関わらず、想定以上にすんなりと最後まで読み終えることが出来ました。

話そのものは第1作目も今回の第2作目も等しくかなり面白いのですが、読みやすさ、という点では、こちらの方が圧勝という感じです。
それは、読者に物語を届けるのにプラスに働きますよね。
何より、読んでみようかな、買ってみようかな、と思ってもらう為には、これって、かなり重要なことではないでしょうか。

自分の書きたい世界を全力で描いたのは解るけれども、少々生硬なところもあった 『魔導の系譜』。
それに対し、本作の執筆に際しては読者の存在をより意識するようになったのかとか、そういうことは不明ですけれど、こういう感じできてくれるのであれば、シリーズをこの先も追いかけてみようかなと、そんなことを思いました。

「魔導」というものの扱い方等の世界設定、キャラクターの魅力、そして物語の読み応えと、3つの要素がなかなかのレベルでまとまっている、いい感じの1冊です。



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「ILC/TOHOKU」

 2017-07-01
震災によって被った甚大な被害からの東北地方の復興と科学振興の為に、北上山地の地下への誘致を目指しているという国際リニアコライダー(ILC)。
これは、全長約30キロメートルのトンネル内で電子と陽電子とを衝突させることで、人工的にビッグバン状態を再現して、宇宙の誕生や素粒子の起源について研究をしようという巨大な粒子加速器のことです。

今はまだ実現していない、このILCの建設が成された近未来を舞台にして、小川一水、柴田勝家、野尻抱介という1960年代(野尻)、70年代(小川)、80年代(柴田)生まれの3人のSF作家が作品を書きおろししたというアンソロジー本が、今年の2月末に刊行された 『ILC/TOHOKU』。

今は亡きソノラマ文庫時代に出会ってから、その著作をずっと追いかけている小川一水。
その小川一水がファンだからということで読み始めて、今では、全てとは言わないものの、それなりに著作をそろえた野尻抱介。
最近知って著作を少しずつ読んでいる、デビューして間もない柴田勝家。
そんな、私が好きだったり注目していたりする3人が書いているアンソロジーとは、これってどういうご褒美だろう、という感じです。当然、これを買わないということはあり得ません。

と言いつつ、購入してから数か月は積読で置いておくことにはなったのですが……
それでも、実際に読むのを大いに楽しみにしていた1冊ですから、かなりわくわくしながらページをめくりました。

3作品の中では一番スタンダードなアプローチかな、と思えるのが、野尻抱介の「新しい塔からの眺め」。
科学技術の進歩への信頼、一見したところ私たちの日常生活にはほとんど関係ない、何だったら「益を生まない」と言ってもいいのかもしれない(けれども巨額の費用を要する)研究へのポイティブな視線、そういったものが感じられて、なかなか良かったです。

柴田勝家の「鏡石異譚」は、ILCにおける実験にタイムトラベルネタを絡ませてきた一作。
本作において主人公が体験するタイムトラベルというものが、実際にはどういうことだったのか、というのがミソで、なる程、こう来たか、と楽しく読ませてもらいました。

この本を買うにあたって一番楽しみにしていたのが、小川一水の「陸の奥から申し上げる」。
ILC を建設する為に北上山地の地下で岩盤を掘削している現場で、かつてこの地を支配していた奥州藤原氏の配下、中尊寺金色堂建設の指揮を執ったという物部清国を名乗る老人が現れて、工事の中止を要請してくる、という、他の2作とはちょっと異色な要素のある出だしから始まる物語でした。
今回の3作品の中では、これが一番面白かったです。

三者三様の作品を読むことができますし、それぞれにお勧めできる作家ですので、この 『ILC/TOHOKU』、かなりお得な1冊ではないでしょうか。
値段的にも、そんなに高いわけではない、妥当なものですし、これは良企画ですね。



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「クォンタムデビルサーガ アバタールチューナー」

 2017-06-24
「本館」に先がけた読了本紹介、今回は、今更ながら全5巻をじっくりと読ませてもらった、五代ゆう の 『クォンタムデビルサーガ アバタールチューナー』です。

いや、これは、なかなか素晴らしいものを読ませてもらったと言わなければならないでしょう。
正直、第1巻を読み始める前は、そこまでの期待をしていたわけではなかったりしたのですが、良い形でそれを裏切られたという感じです。

本作の最終第5巻は2011年の10月発売……ということは、今から5年と8ヶ月前に発表されているわけです。
そもそもそれよりも10年も前の2005年1月に、本作の内容を原案とするゲームが発売されているわけで、今さらネタバレを警戒することもないかな、と、いつもよりも少し緩い基準で内容について言及させていただきます。
「神」について語る物語は、この第5巻の比較的冒頭に近いところで、作品中における「神」の正体、作中に出てくるキュヴィエ症候群という奇病を何故「神」が人類にもたらしたのか、というようなことが明らかになります。
そこから物語はさらに大きく動き出し、そしてSF大作と呼ぶにふさわしい最終展開と、穏やかで幸せな終わりを迎えるわけですけれども……
キャラクターそれぞれの言動にも無理はなく、そして、収まるべきところに全てがきちんと収まって、描写不足だったり言及されずに終わってしまったこと等もない、見事に円環を閉じた完結を読ませてくれました。

作者の後書きによると、ゲーム版の企画会議上、アトラスからは、光瀬龍の 『百億の昼と千億の夜』 のような多重世界を扱った物語を考えてほしいという要望があったそう。
それを受けて、同作に思い入れのある作者が紡ぎ出したこの物語は、見事に、『百億の~』 の遺伝子を継ぐものになっているのではないでしょうか。

ただし、不満が無いわけではありません。特に気になったのが、第1部終盤と第3部終盤における、連続する戦闘シーン。
その描写に迫力が無くて駄目だとか、戦闘状況の流れに強引さがあるとか、そういうことではありません。
要は、その戦闘は物語上で本当に必要なのか、とか、ラスボス的な相手が続きすぎだろう、というようなことです。

そういう、ちょっと引っ掛かりを覚えるところもありはしたものの、全体として、人が何故生きるのか、生きるというのはどういうことなのか、ということを突き詰めた、かなりの傑作だと思いました。
まだこの物語を読んだことが無いという人には、SFが苦手でなければ、とか、エグい描写は一切駄目だ、というのでなければ、という条件付きではありますけれど、絶賛、お勧めの作品です。



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