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「育休刑事」

 2020-04-04
似鳥鶏の『育休刑事』は、そのタイトルの通り、育児休暇中の刑事が遭遇する様々な事件を描くミステリー。
例によって、公式の粗筋を引用してみましょう。

県警本部捜査一課・秋月春風巡査部長。生後三ヶ月になる息子・蓮くんのため、男性刑事としては初の“育休”に挑戦中。それでも事件は待ってくれなくて――。お人よしの刑事と動じない見習いは難事件を解決できるのか!?前代未聞、予測不能の本格ミステリ!


育休中の事件と言われて日常の謎系の作品を想像すると、それは間違い。
本作は、質屋強盗や傷害事件のアリバイ崩し等、刑事モノとしてガチな内容のトラブルに、育休中の乳児連れの刑事が巻き込まれてしまうという流れの物語です。

ちょうど著者に子供ができたことから、その育児あるあるな実体験を盛り込んだ作品というわけですね。
その育休ネタの中には、なる程それは確かに大変だよなぁと思わせられるものもあれば、本人達が大変なのはわかるけれどもそれが周囲へ迷惑をかけることの瑕疵の無いエクスキューズになるとまでは思えないというものもあります。
つまり、似鳥鶏が作中で訴えている不満その他の中には、理解はできるのですけれども納得できないものもある、ということですね。
この辺は、私が育児経験のない(というか、結婚もしていない)独身中年男だから共感できないところなのかもしれませんけど、仮に実体験もあって純客観的にこの作品の育児ネタを判断できるような人がいたとしたら、そういう人がそのような点をどう捉えるのかというのは、一度聞いてみたいなぁと興味を覚えます。

なお、本作には全部で3つのエピソードが収録されているのですが、最後の1本で扱われる事件はかなりハードなものであり、それをこの作品で取り扱うことにはちょっと違和感が無くもありませんでした。
こういうのは、「戦力外捜査官」シリーズでやってもいいのでは?
新刊が出る予定があるのかないのかも分かりませんし、巻末の作品リストでは5冊目の『破壊者の翼 戦力外調査官5』が何故か記載されていないという扱いを受けてるシリーズではありますが……。



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「ライト・ノベル」

 2020-03-28
滝本竜彦が2018年の11月末に出した、かなり久し振りの新刊となる、『ライト・ノベル』を今更ながら購入。
具体的に数字で言うならば、新作長編としては約17年振りのことだったらしいです。

そんな本作、読んでみればわかるのですけれども、かつて彼が書いていた幾つかの作品とは随分と違う作風になっています。
その点を 海猫沢めろん は「ここには、かつてのネガティヴで後ろ向きな少年と、それを救ってくれる聖母のような少女は存在しない。青春の蹉跌も存在しない。だが、確かにこれは滝本竜彦の作品なのだ」と評しています。
なるほど、まさしくその通りなものであると言えるのではないかと、私も思います。

ちなみに、公式の粗筋はこんな感じです。

「こんにちはーにゃ!」――貴重な青春を無難に過ごすだけの高校生・ふみひろの前に出現した光のゲート。そこを潜り抜け出てきたのは、猫耳やしっぽを持つ美しい女の子だった。以来ふみひろの前には、美少女という名の天使たちが次々と現れる。普通の少年に突然訪れるハーレムな日常。そこに隠された驚くべき世界の真実とは―!?


作品タイトルである「ライト・ノベル」とは英字表記で「light novel」となっていて、それはいわゆる小説ジャンルとしてのライトノベルと同じです。
しかしながら、本作におけるそれは、エンタメ文芸ジャンルとしての「軽い小説」というものではなくて、「光の小説」という意味になります。
ただし、いわゆるラノベ的な設定が作中に意図的に散りばめられていることを指摘するまでもなく、これは敢えてダブル・ミーニング的に使っているのは間違いないわけで、そこに作者の意図を読み取れなくもないかな、と思ったりもします。

率直にいって、賛否両論が割れそうな渾沌とした作品なのですが……
読み心地、読了感は悪くなく、おそらくはこの幻惑的なテイストこそが狙いで書かれているのだろうと考えれば、復帰作にかなり大胆なものを持ってきたなという感が無くもありません。
思えば滝本竜彦という人はもともと無難な作品など書いてこない人であったので、そこは相変わらずということですね。
何だか安心しました。

本になっている彼の小説で唯一未読な『ムーの少年』も、こうなると入手して読まねばならないかな……。



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「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」

 2020-03-21
百合SFアンソロジー『アステリズムに花束を』に収録されていた短編を長編化した、小川一水の『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』。
作者自ら「ガス惑星巨大ロケット漁業百合SF」と銘打った本作の、公式の粗筋は以下の通りです。

人類が宇宙へ広がってから6000年。辺境の巨大ガス惑星では、都市型宇宙船に住む周回者(サークス)たちが、大気を泳ぐ昏魚(ベッシュ)を捕えて暮らしていた。男女の夫婦者が漁をすると定められた社会で振られてばかりだった漁師のテラは、謎の家出少女ダイオードと出逢い、異例の女性ペアで強力な礎柱船(ピラーボート)に乗り組む。体格も性格も正反対のふたりは、誰も予想しなかった漁獲をあげることに――。日本SF大賞『天冥の標』作者が贈る、新たな宇宙の物語!


遠い未来、宇宙に広く生存域を拡大した人類社会の辺境、巨大ガス惑星の軌道上に氏族ごとに都市宇宙船を浮かべて生活するという社会が形成されている世界設定です。
そこで描かれるのは、その社会を支配する男尊女卑の思考・慣習に全力で立ち向かう2人の女性の物語。

こういう書き方をすると、ジェンダー論を大上段に振りかざしてきたりしている作品なのかと思われるかもしれません。
ですがそうではなくて、本作はどちらかというと、「百合SF」というお題に応える為に、主人公とヒロインの関係が百合であることに正当性を持たせるというか、理論武装をする為の手段としてそういう設定を導入しているという印象がある、かな?
それはそれで、真剣に社会的男女格差問題に取り組んでいる人達から反感を買いそうに感じられるかもしれません。
しかし、小川一水という作家にはもともと、その手の思想に対して反発するものがあったのではないでしょうか。
それは、彼のこれまでの著作に出てくる女性キャラの造形を考えれば分かります。
とはいえそれを作品内で直接的に主張したり露骨に思想的な描写をすることを避けて、あくまでエンタメ小説やSF小説の枠の中で穏やかにそれを訴えていたのが、今回はこういう形で出ているということなのではないかな、と思います。

だから、そういった問題に興味がある人も無い人も関係なく、純粋にエンターテインメントとしての小説を楽しみたい人、「ガス惑星」で「巨大ロケット」を使った「漁業」をする「SF」に興味のある人は、とにもかくにも本作を読んで、その面白さに浸ってほしいと思います。

『アステリズムに花束を』収録の短編版を長編にするに当たって、当然、物語だけでなく設定やキャラクターも膨らませているのですけれど、それがまた、いい感じになっています。
一応、これは単巻で終わる前提で書かれているようですが、ヒロインであるダイオードと氏族の関係の辺りでまだまだ膨らませる余地は大きく残っていそうですし、続編も期待したいところ。




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「咎人の星」

 2020-03-14
2013年から積読の山の中に眠っていた、ゆずはらとしゆき の『咎人の星』。
色々な評判だけを数多く聞いてきているこの一大問題作を、今さらながらに読了しました。

本作の帯には「22歳未満の方はご遠慮ください」との言葉が印刷されているのですけれども、これはまさしくその通りの作品。
要するに、エログロな性愛描写がてんこ盛りですから、そういうのが苦手な人は決して手に取ってはいけません。

テロ組織に育てられた<殺人序列者>として惑星規模の無差別大量虐殺に加担した罪を贖うべく、<連盟>に未加入であり蛮族が生息する辺境の<世界の果ての咎人の星>即ち地球で、<情緒回復計画>に則って現地の<奉仕対象>への奉仕を行うことを課せられたハヤタ。
そんな彼が家政夫として働く家の娘、香名子。
物語は、そんな2人が体験することになる出来事を描いている……という紹介をすると、かなり情緒的な物語がそこに繰り広げられているのではないか、というような予想をされるかもしれません。
しかしながら、これはそのような単純な作品ではありません。
というか、1つの小説、として考えた時に、これはどうなんだろうかと疑問に思うようなこともやっていたりします。
作者の思想がダダもれになっているところは、確かに読みどころではありますが、多数の共感を呼ぶような内容でもないだろうし、そういうのはもうちょっとオブラートに包んで提示した方がいいのではないかな、とか、色々なことを考えてしまった作品でした。

一言で表現するならば、「ヘンな本」ということに尽きます。
そして、その尖り具合も含め、これは何とも言えない、一種の異形な作品を読んでしまったなと感じさせられました。
なお、本作の事は、誰にでも薦めているわけではないよ、ということだけは、最後に書いておきます。
この紹介文と、「本館」でもっと詳しく本作を紹介する、来週末に公開予定の「読む」のページとを読んでなお、興味を持ったという人だけが、相応の覚悟の元に、手を出してみるというのがいいんじゃないのかな、と、私はそんな風に思っています。



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「錬金術師の密室」

 2020-03-07
刊行前に担当編集者がネットで行っている宣伝の文言をみて気になっていたのが、紺野天竜の『錬金術師の密室』。
最初に私が興味を感じた公式の粗筋を紹介してみましょう。

アスタルト王国軍務省錬金術対策室室長にして自らも錬金術師のテレサ・パラケルススと青年軍人エミリアは、水上蒸気都市トリスメギストスへ赴いた。大企業メルクリウス擁する錬金術師フェルディナント三世が不老不死を実現し、その神秘公開式が開かれるというのだ。だが式前夜、三世の死体が三重密室で発見され……世界最高の錬金術師はなぜ、いかにして死んだのか?鮮やかな論理が冴え渡るファンタジー×ミステリ長篇


ファンタジーとミステリーの融合、密室状態で発生した不可能犯罪といったものを描いた作品は先達がたくさんあります(例えばちょっと考えただけで、上遠野浩平の「戦地調停士」シリーズ等が思い出されます)。
そういう意味では設定にはそこまでの斬新さはありません。
けれども、どうやらきっちりとロジックを詰めたミステリーであるらしいこと、作者がそもそもミステリー好きであるらしいこともあり、これは何か光るものがありそうだぞ、と思ったのです。

結果から言って、その予感は正しかったです。
序盤を読んだ段階では、いかにもラノベにありそうなキャラクター設定やセリフ回し、会話が描かれるところで、ああ、まぁ、良くある感じのつくりだけれども、それだけにとりあえず手堅いといえば手堅い滑り出しだなと思っていたのですが……
そのベタなノリが、後半に行くにしたがって実に効果的に生きてくるのが良いですね。

ファンタジー世界でのミステリーは、現実世界ではあり得ないようなことでも、例えば「魔法でやったんだ」とか「精霊(モンスターでもいいですが)の存在が特定の物理現象を引き起こした結果として一見すると密室殺人という不可能犯罪が行われたかのような状況が生み出されたのだ」とか、そういうことにしてしまってある種の「逃げ」を打つこともできるかと思います。
それを踏まえたうえで、ミステリーファンの感想などを読んでみても、本作は、そこはかなりフェアに、序盤から作中で描写してきたヒントを丁寧に解釈していけば、ちゃんとロジカルに事件の真相を推察できるようになっているようです。
そこに否定的な意見もありますが、百人が百人とも同じ作品に同じ感想を抱くなんていう不自然なことが世の中に存在するわけが無いので、それはそういうものでしょう。
私としては、私の信頼するミステリー読みの人が本作のミステリーとしてのクオリティーを保証している感想を読んだので、そちらを信じますが、こういうのって、どちらが正しいというものではない部分が多いですからね。

ともあれ、私の感じている範囲では、本作はミステリーとしてアンフェアなことはしておらず、ジャンルのルールには忠実であると考えていい。
つまり、後出し設定での真相解明はしていない。
その点で、ミステリーファンにも納得できる仕上がりになっている。
加えて、これだけ面白いのですから、これはもう、なかなかに優れていると評してしまってもいいでしょう。
かなりのお勧め作品です。
続編への色気があるのを嫌う人もいるかもしれませんが……



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