笠原 弘子 「翡翠勾玉」 他

 2017-06-27
笠原弘子は、今年が歌手活動30周年だそうです。
それを記念したベスト盤も発売されているのですが、それは1987年~1998年という、初期の10年ほどの活動を2枚組に収めたというもので、これまでの彼女の30年間を振り返る作品、というようなわけでは、ありませんでした。
まぁ、その辺は、権利関係とか色々と絡んでくるのでしょうし、仕方のないところではあるのでしょうけれど、どうせならば30年のキャリア全てを振り返るようなアルバムでも良かったのではないかな、という気はしてしまいますよね、やはり。

まぁ、それはさておきましょう。
私が笠原弘子のことを知ったのは、確か ゆうきまさみ 経由。
ロボットものが好きだから、という理由で、『機動警察パトレイバー』 のコミックス第1巻を発売とほぼ同時に購入して、そこから前作の 『究極超人あ~る』 に手を出し、さらに同作のイメージアルバムを買ってみた、というような流れだったと思います。
と、いうことは、初めて聴いた彼女の歌は、『あ~る』 の1枚目のイメージアルバムに収録されていた 「わたしのANDROIDくん」 ということになる、のでしょう。
上記のベストアルバムでも、Disc1 の 1曲目 になっている曲ですね。
それから、『パトレイバー』 OVA の主題歌 「未来派Lovers」 辺りを経て、最初に買ったオリジナルアルバムは…… 『L'EXPRESS FANTAISIE』 だったかな?
松宮恭子の作り出す世界観と、笠原弘子の歌声のマッチングが素晴らしくて、これは良いな、と思ったのを覚えています。

それから大学時代に他のアルバムを揃えて、しかしその後、一時は新譜の購入などはしなくなって、30周年の今年に、実に久しぶりにベストアルバムを買うことにしたりなった。
私にとって笠原弘子とは、そういう歌い手です。
好きなタイプの、しかも質のかなり高い音楽だ、という認識を持ちながらも、しばらく離れていたのは、理由はなぜか、と問われると、なかなか答えにくいのですけれども、何となくそんな気分だった、としか言えない、かなぁ。

あ、途中で、TVアニメ 『ロミオの青い空』 の主題歌シングル、『空へ…』 は買ったりしていたから、完全に離れていた、とは言えない、か。

ともあれ、30周年というメモリアルイヤーを契機として、未所有だったアルバムをちょっと買ってみたり、そういう動きをしてみた笠原弘子の歌声は、やはり良いものでした。
以下に、そんな彼女の名曲の中から、3つほどをピックアップして、動画を貼っておきます。
「空へ…」 はライブアレンジで、原曲とはちょっと違いますが、こちらのバージョンも、実に素晴らしいので、お薦めです。













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「クォンタムデビルサーガ アバタールチューナー」

 2017-06-24
「本館」に先がけた読了本紹介、今回は、今更ながら全5巻をじっくりと読ませてもらった、五代ゆう の 『クォンタムデビルサーガ アバタールチューナー』です。

いや、これは、なかなか素晴らしいものを読ませてもらったと言わなければならないでしょう。
正直、第1巻を読み始める前は、そこまでの期待をしていたわけではなかったりしたのですが、良い形でそれを裏切られたという感じです。

本作の最終第5巻は2011年の10月発売……ということは、今から5年と8ヶ月前に発表されているわけです。
そもそもそれよりも10年も前の2005年1月に、本作の内容を原案とするゲームが発売されているわけで、今さらネタバレを警戒することもないかな、と、いつもよりも少し緩い基準で内容について言及させていただきます。
「神」について語る物語は、この第5巻の比較的冒頭に近いところで、作品中における「神」の正体、作中に出てくるキュヴィエ症候群という奇病を何故「神」が人類にもたらしたのか、というようなことが明らかになります。
そこから物語はさらに大きく動き出し、そしてSF大作と呼ぶにふさわしい最終展開と、穏やかで幸せな終わりを迎えるわけですけれども……
キャラクターそれぞれの言動にも無理はなく、そして、収まるべきところに全てがきちんと収まって、描写不足だったり言及されずに終わってしまったこと等もない、見事に円環を閉じた完結を読ませてくれました。

作者の後書きによると、ゲーム版の企画会議上、アトラスからは、光瀬龍の 『百億の昼と千億の夜』 のような多重世界を扱った物語を考えてほしいという要望があったそう。
それを受けて、同作に思い入れのある作者が紡ぎ出したこの物語は、見事に、『百億の~』 の遺伝子を継ぐものになっているのではないでしょうか。

ただし、不満が無いわけではありません。特に気になったのが、第1部終盤と第3部終盤における、連続する戦闘シーン。
その描写に迫力が無くて駄目だとか、戦闘状況の流れに強引さがあるとか、そういうことではありません。
要は、その戦闘は物語上で本当に必要なのか、とか、ラスボス的な相手が続きすぎだろう、というようなことです。

そういう、ちょっと引っ掛かりを覚えるところもありはしたものの、全体として、人が何故生きるのか、生きるというのはどういうことなのか、ということを突き詰めた、かなりの傑作だと思いました。
まだこの物語を読んだことが無いという人には、SFが苦手でなければ、とか、エグい描写は一切駄目だ、というのでなければ、という条件付きではありますけれど、絶賛、お勧めの作品です。



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林太郎と修治

 2017-06-21
所要があって三鷹駅の南口の方に行くことがありましたので、せっかくだからとちょっと寄り道をして、駅からまっすぐ連雀通りに向かって歩いた辺りにある、禅林寺に行ってきました。

文学好きならば、「三鷹」の「禅林寺」と聞いて、ぴんと来たかもしれません。
そう、ここの奥の墓地には、日本文学史にその名が燦然と輝く偉大な2人の作家が眠っているのです。

それが、下の写真。
左が、1922年(大正11年)7月9日に亡くなった森鴎外(森林太郎)の墓所。
そして右の写真は、1948年(昭和23年)6月13日に亡くなった、太宰治(津島修治)の墓所になります。

特に、彼の太宰の命日をきっかけにして三鷹に行ったというわけでは無いのですが、まあ、結果的に、そんな感じになってしまいました。
ところで、この2人の墓はちょうど互いが斜め向かいの位置関係になっています。
これは、元々は森鴎外がこちらの墓地に眠っていて、それを知った太宰が、その作品「花吹雪」にてそのことについて書いたのを受けて、玉川上水に入水して亡くなった彼の遺骨を、その一周忌にこちらに葬ったのだとか。
ちょっと、その文章を引用してみましょう。

この寺の裏には、森鴎外の墓がある。(中略)ここの墓地は清潔で、鴎外の文章の片影がある。私の汚い骨も、こんな小奇麗な墓地の片隅に埋められたら、死後の救いがあるかもしれない


この写真にはアングル的に写っていませんが、太宰の奥さまが葬られている津島家の墓石も、太宰の墓の横に平成10年に建立されています。
夫婦仲良く、というわけですね。




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「古書カフェすみれ屋と本のソムリエ」

 2017-06-17
すっかり積読になっていたものを消化したのが、里見蘭の 『古書カフェすみれ屋と本のソムリエ』。
これは、古書店が併設されたカフェ(つまり、カフェの客は自由に古書店の本をそこで読むことができるという形態の店舗です)を舞台にして、そこに訪れる客が持ち込む「日常の謎」を、古書スペースの担当が差しだす本をきっかけに解き明かしていくというライトミステリーです。

正直、「古書」と「カフェ」とのミクスチャーという、柳の下のドジョウを狙うのも大概にしとけよ、と思ったのは、否定しません。
ウケたものを掛け合わせればそれでOKと思っているだとしたら、戦略的といえば戦略的なのかもしれないけれど、明らかに芸が無くて、編集者も作家もとんだ無能だぞ、とか、そういうことを考えずにはおれない設定です。

当然、私も書店で最初にこの作品を目にした時には、そのように考え、そのままスルーしようとしていました。
しかし、作者が里見蘭だということで、これまでに読んできた作品は悪くなかったなぁ、ということが思い出されたんですよね。
だから、文庫本でそこまで値が高いわけでも無いから、これも一応一読しておこうかな、と、そんなくらいの感じに考えて、購入してみたのです。
まぁ、そこから先、実際に読み始めるまでに、結構な時間がかかってしまってはいるのですが……

ともあれ、ついに読み終えた本作、結論から書きましょう。
類似作品との差別化ができているかといえば、そこは残念ながらイマイチですけれども、読み物としてはしっかりと面白かったです。
よくある定型に嵌め込んで「どうです、いい話でしょう?」と差し出されているような部分もありましたが、ベタなことはあながち悪いことではない、という私の普段からの主義主張からすれば、それも許容範囲内の程度という感じでしょう。
ロマンス要素もちょっと匂わせているのも、私の好みに合うところです。
出版サイドの狙いにまんまと嵌められてしまうようで、ちょっとばかり、不快にならないでもありませんけれど、楽しんで読ませてもらったから、まあいいか。

シリーズの第2巻も今年の3月に出ているので、それも引き続き読むつもりです。



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ドーフィネは、フグルサング

 2017-06-12
フランス南東部のドーフィネ地方で、毎年この時期に行われる約1週間のステージレース、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネが、全日程を終えました。

今年のドーフィネは全日程を通じて好転に恵まれ、むしろかなり暑そうに感じられたくらいでした。
そんな強い日差しの中で行われたレース。
7月のツール・ド・フランスに向けて調整をすべく、各チームの総合エース候補が出場してきて、コンディショニングの仕上がり具合を確かめる、というのは例年通りの風景だったのですが……

ツールでの総合優勝最右翼と目されているチームスカイのクリストファー・フルームや、そのライバルになるトレック・セガフレードの
アルベルト・コンタドールといった辺りの調子が今一つ上がっていない。ということが何となく感じられた大会となった気がします。
概ね全日程で絶好調ぶりを見せつけたBMCレーシングのリッチー・ポートも、最終日に大失速をしてしまいましたし、何だかこの先が微妙だなという感じです。

で、今大会の総合優勝が誰の手に渡ったか、ということなのですけれど、これは、最終日に1人ずば抜けた逃げを見せた、アスタナのヤコブ・フグルサングでした。

もちろん、ドーフィネで勝てば即ちそれがツールでの勝利を約束するわけではありません。
また、仮にここでコンディションが悪くても、7月になってツールを3週間走っている間にどんどん調子が良くなることもあり得ます。

とはいえ、ドーフィネを制した者がそのままツールをも制することも多いのも事実。
その辺りも含めて、ツール・ド・フランスの開幕が怖くもあり、同時に待ち遠しくもあり、という感じで、こりゃあ何があってもおかしくないかもしれないぞ、とまで考えているのは、近年は無かったことかもしれません。


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